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松田探偵事務所
- 困った面々 -
Stage4
10P
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「もうおっさん動くな。裕也にボコボコに殴られな」
リリーさんが怒鳴ると、二人の動きが止まった。二人は向かい合いながら、目線は僕のほ
うに向ける。
リリーさんが僕の後ろに立って、僕の顔のナイフを突きつけている。
僕が呆然と戦いを見ている間に、戦いの流れを素早く察知したリリーさんがどこからかナ
イフを持って、僕の後ろの回りこんでいたんだ。刃先が僕の頬にあたり、冷たい感触を伝
えている。怖い。ああ、なんて馬鹿なんだ僕は…
「ヒュー♪ リリー、ナイス。コイツオヤジのくせにチョロまかして、めんどくさかった
んだよな。女の顔に傷はダメだよね〜」
男は口笛を鳴らし、リリーさんをほめる。
ボスは捕まっている僕を心配そうに見つめている。
「今、俺、相当頭にきているからおっさんには人間サウンドバックになってもらうよ」
と陽気に言うと、ボスのほうへと悠然と足を進める。
ボスはそこから一歩も動かない。
「おっさん、あんたの足が一歩でも今のところからずれれば、リリーが女の顔を切るから
な。動くなよ。リリーもそれでいいな」
男はリリーさんのほうをニヤリと見る。リリーさんもニヤリと笑いながら、
「はいよ。早くやっつけちゃいなよ」
と言い放つ。
自分たちが優位に立ったことで、この二人は現状を楽しみ始めている。悔しい。
男がボスの正面に立った。ボスは手を両側にダラリと下げ、男が来るのを待つ。ボスは僕
を守る為に殴られることを選んだんだ。
「やめろ」と叫びたい、でも頬に感じるナイフの冷たさに身がすくんで動けない。
男がボスに右ストレートを顔目がけて放った。
「ガツン」
と嫌な音して、左あごに強烈なパンチが当たり、ボスが傾きかけるが、なんとか右足で踏
ん張って、持ちこたえる。
「へぇ、俺のパンチをまともにくらって立ってるなんてやるじゃんかよ」
というと、男はボスのお腹めがけてパンチを右、左へと連打する。
「うっ、うっ」と
ボスの食いしばった口から、抑えられなかった声が漏れてくる。
前かがみに倒れそうになるのを何とか耐えている状態だ。男の攻撃は止まりそうにない。
ボスが、ボスが、僕のせいでボコボコに殴られている。
いつも飄々として、何を考えているか分からないし、僕に無理やり女装させて探偵なんか
やらせている人。だけど、リストラされ、誰からも相手にされなかった僕にいろいろなこ
とを教えてくれる、日和さんや美麗ママとも出会わせてくれた、そんなボスが…僕の顔な
んてもうどうなっても構わない。ボスがこのまま殴られているのを見ているわけにはいか
ないんだ。
僕の中に眠っていた小さな勇気を集めて、僕は決めた。
そして、いざ、一歩踏み出そうとした瞬間。
「ガチャン、バタン、モゴモガモゴモガ」と大きな音が扉のほうからした。
両手、両足縛られた芋虫状態の寺田さんが、ドアの手前でもぞもぞ動き回っている。
この急な乱入者のおかげで、ちょっとした間ができた。その隙に僕は、僕の後ろにいたリ
リーさんにむかって、後ろ向きに頭突きをした。
「ゴチン」
いい音がして、リリーさんのおでこに見事に当たったみたいだ。僕もあまりの痛さに一瞬
クラクラしてしまったが、なんとか体制を整えて、リリーさんから離れることが出来た。
ボスをその状況を素早く感じて、一瞬の出来事に、何が起きたか全く反応できていないま
ぬけ顔で立ってる男に、渾身の左ストレートをお見舞いしてやり、男の巨体が吹っ飛んだ。
男はどうやら伸びてしまったようだ。
その音に我に返ったリリーさんが僕目がけて、ナイフで切りかかってきた。僕は突然のこ
とに避けることも出来なくって、ナイフが右肩めがけて振り下ろさるのをスローモーショ
ンのように感じていた。
「ガツン」
衝撃が僕の体を走る。切られた。倒れそうになるのをなんとか、右ひざをついてなんとか、
持ちこたえる。
呆然としている僕に対してリリーさんはもう1回ナイフで僕を切りつけようとした、その
腕を素早い動きで移動してきたボスが横から手刀で叩き落すと、首筋にももう一発手刀を
当てて、失神させた。
それですべてが終わった。
僕が生まれて初めて遭遇した戦いがやっと終わったのだ。
右肩を抑えながら、蹲っている僕にボスがフラフラの足取りで、歩み寄ってくる。
「大丈夫か?」
ボスは話かけてくれたが、あまりのことに動けない。
ボスは右肩を抑えていた僕の手を外し、切られた後をじっと見ている。そして、しばらく
すると、
「まぁ、大丈夫だろう」
と気楽な声を出した。
???
大丈夫? 僕はナイフで切るつけられたはずなんですが? と思ったが、よくよく自分を
見れば、右肩から血も流れていないし、痛かったのもナイフが体にぶつかった衝撃のとき
だけで、今はそんなに痛くない。ボスが直前に渡してくれたジャケットにプロテクターで
も入っていたのか、僕は助かったようだ。
歩み寄ってくるボスのほうが僕よりフラフラしていたので、左肩を貸す。ボスは相当打た
れたんだろう、顔も大きく腫れ、満身創痍といった感じだった。
「ごめんなさい、僕のせいで」
泣きたくなんかないのに、涙がこぼれそうになる。
「ううん。こんなの全然大丈夫だよ。真君こそよく頑張ったよ」
と言って、肩に乗せているほう手で僕の頭をポンポンとなでてくれた。
ボスは僕に寄っかかりながら、寺田さんのほうに向っていく。寺田さんの近くまで来ると、
ボスは寺田さんが芋虫みたいに動いているのがおもしろいのか、笑いを堪えながら言う、
「大変な目にあわれましたね。まぁ、自業自得ですけどね。クククッ」
最後は笑いをかみ殺しきれなかったようだ。
寺田さんは、ボスと僕のことを不思議そうな顔で見ている。そのあとなんか言っているん
だけど、ご丁寧に口もタオルで縛られているから、僕らには「モゴモゴ」としか聞こえな
い。
「はいはい、まずは外しましょうね」
ボスはまず口をふさいでいるタオルを解く。
「あなたたちは何者ですか? 助けに来てくれたんですか? それともあいつらの味方で
すか?」
唾を飛ばしながら、寺田さんがすごい勢いで、ボスに質問をぶつける。
「寺田さん、ちょっと落ち着きましょうね。まずは縄を解くのが先ですよね」
ボスが優しく諭しながら、縛られた両手足の縄を解く。
体が自由になった寺田さんは、まだ手足に違和感があるのか、盛んに擦っている。そして、
それが落ち着くと、ボスからの説明を待っているのか、こちらをじっと見ていた。
ボスは外したばかりのテープを持って、さっきから失神している男女のもとに行き、手際
よく縛り、部屋の隅に二人を固めておく。
そして「ポンポン」と二回手を打つと、ソファにゆったりと座った。ボロボロの体がきつ
そうだ。
「真君も、寺田さんもまずは座って」
と僕たちにもそのソファに座ることを勧めてくれた。
そして、寺田さんに説明を始めた。
僕たちは探偵であり、とある男性が付き合っている女性の行動がおかしいとの依頼で、リ
リーさんのことを調べていた。調べが進むうちに、リリーさんが美人局グループの一員で
あることが分かり、依頼のあった男性以外にも被害にあっている方が大勢居ることが分か
った。
そこで、寺田さんにこのことを伝えようと思っていた矢先に、リリーさんの家に入ってい
く寺田さんを見つけて、このままではいけないと思って、助けに来たんですよ。危なかっ
たですね。
と、横で聞いていた僕もビックリの嘘。
寺田さんはその説明を聞いて、涙を流しながら壊れたおもちゃみたいに
「ありがとうございます」
とお辞儀を繰り返している。
一旦寺田さんが落ち着くのを待ってから、僕らが来るまでの寺田さんとリリーさんとの経
緯を話してもらった。
リリーさんとは会社で行ったお店で知り合ったこと。向こうから積極的にアプローチして
きて、つい魔がさしてしまったこと。
(ここまでは僕らも十分していることだ)
今日もいつもどおり待ち合わせをして、ホテルに行こうと思っていたら、奥さんと別れろ
と急に言ってきた。俺は婿養子だし、それは出来ないと押し問答になり、ここでは人目が
あるからと場所の移動をお願いしたら、家に来ないかと誘われた。部屋に入ってからは急
に「じゃあ、私たちもうおしまいね。別れましょう」という話になって、慰謝料として500
万払えと要求された。それはむちゃくちゃだとさらに口論をしていたら、急にあのガタイ
のいい男が部屋に入ってきて、俺がリリーとイチャついている写真を突き出して、
「これを会社、家にばら撒かれたくなかったら、耳をそろえて払いな」
って脅された。あまりの怖さに怯えきっていて、どうしようと考えていたんだ。
そのときのことを思い出したのか、寺田さんは自分の体を抱きしめるように、ぎゅっと体
に腕を回した。
どうしたらいいんだろうとパニックになっていたときに、急にリリーの携帯がなって、そ
れから二人はバタバタし始めて、俺はリビングから違う部屋に移動させられた。それから
すぐにドアフォンがなったから、誰か他の人が来たから移動させられたんだってわかった。
男はイライラしながら俺と同じ部屋で待っていたんだけど、リリーがちょっとしたら部屋
に戻ってきた。そこで、二人でなんかコソコソと相談して結論が出たんだろうね。俺を縄
で縛り、「動くんじゃねぇぞ」と脅すと、二人して部屋から出て行った。
俺は一人になっても怖かったから、しばらくは動かなかったんだけど、なんかリビングか
らドタバタって音が聞こえて、なんだか分からないけど、とにかくここにいちゃダメだと
思って、まずは玄関のほうに向かったんだ、でも玄関には鍵がかかっていて、この状態で
はどうにも出来ないし、残るはリビングしかないと思って、「なむさん」と心の中で唱え
ながら、体ごとリビングのドアにぶつかったんだ。そうしたら、運よくドアのノブに体が
引っかかって、ドアが開きはした。でも、体の勢いは止らなくって、ああいうふうに無様
な登場になったってわけ。そして、君たちに会って、俺は救われた。ありがとう。
寺田さんは一気に話終わると、少しだけスッキリした顔になっていた。
話を聞き終えたボスは、真剣な顔で寺田さんに話始めた。
「やはり寺田さんもこの二人からゆすられていたってことなんですね。どうします警察に
行きますか? 今までの話をすれば、警察も動いてくれると思いますが」
寺田さんは顔を真っ青にして、
「警察なんて困ります。そんなことしたら、家にも、会社にもばれるじゃないですか」
と聞き取れないくらい小さな声で言った。
ボスは、寺田さんの顔を見たまま、深くソファにすわり直し、一呼吸置き、
「では、どうするつもりなのですか? 500万円素直に払うつもりですか?」
と言った。
「500万円なんて、婿養子の俺にすぐに用意できる金じゃない」
寺田さんは今度は真っ赤な顔をして早口で言う。
この人は青くなったり、赤くなったりして忙しい。
ボスはそんな寺田さんを慈悲深いまなざしで見つめながら、質問をぶつける。
「では、いくらくらいまでなら用意ができますか?」
「なんとか100万くらいなら、へそくりを集めればなんとかなるかと」
と蚊が鳴くように、肩をすぼめながら言う。
「よし、ではその100万円で私たちが間に入りましょう。それでいかがですか?」
ボスが静かな声で言う。
寺田さんは何を言われたのか分からず、キョトンとした顔。
「私たちは依頼者の依頼で動いておりますが、その方と同じ被害にあった寺田さんのこと
を放っておくことも出来ない。そこで私たちがでしゃばらせていただこうというわけです」
「はぁ…」
寺田さんの顔を未だにキョトンとしたままだ。
「500万円だったところが、5分の1のたった100万円ですべてがうまくいくんですよ。
なのに、何を躊躇しているんですか?」
ボスは少し熱をおびた口調で、寺田さんを説得する。
寺田さんは、しばらくの間ボスの顔と自分の手首に残るロープ跡を交互に眺めた後、5分
の1という数字に引かれたのか、
「お願いします」と言って、ボスの手を両手で握り締めていた。
ボスは満面の笑顔になって、
「では、契約成立ということで、明日会社に遣いの者を行かせますので、そこで100万円
をお渡し頂ければと思います」
と受け渡しの約束を取り付けようとする
「明日ですか? あまりにも急な」
寺田さんは動揺を隠せない。
「こういうのは早く済ませてしまって、忘れてしまったほうがいいんですよ」
営業スマイル満開の顔でボスが押すので、寺田さんも折れて、
「では、明日ですね」と約束させられた。
この一連の流れを見て、ボスは探偵というよりも、怪しい訪問セールスマンか、詐欺師に
見えてきた。
「う〜ん」
縄で縛られ、リビングの端で寝かされている男が唸った。
3人同時にそちらを見る。
「このまま、ここに長居をするのは危険ですね。そろそろ退散しましょう」
ボスは冷静に言うと、席を立ち男の元に立ち寄ると、首筋に手刀を1発。男はまた失神し
たようだ。
その鮮やかさに目を奪われていると、ボスが「念のために」と笑いながら戻ってきた。
ちょっと怖かった。
僕と寺田さんは持ってきたものを忘れないように、カバンを取りに戻ったり少しウロチョ
ロしていた。ボスをどこに行っていたのか、リビングには居なくなってしまっていた。
「ボス、帰りますよ〜」
と失神している二人が起きるんじゃないかドキドキしながら、小さな声で呼んでもなかな
か出てこない。もしかしたら、どこかで倒れているんじゃないかと心配になってくる。
しばらくすると、ボスがひょこっと戻ってきた。
「どこに行ってたんですか?」
僕が尋ねても、答えてくれず、ボスは玄関に向ってまっすぐに歩いていく。
ボスは玄関に着き、靴を履こうとしている。
「ボスあの二人はこのままでいいんでしょうか?」
さっきからずっと考えていたことをぶつける。
「いいんじゃない。人に悪いことしたんだから、これぐらいさ」
と悪びれない言い方。
「でも、あの人たち意識が戻っても動けませんよね。それで餓死とか…」
とついつい一番最悪なパターンを考えてしまう。
「本当に心配性というか、優しいというか。まぁ、真君の夢見が悪くなっても仕方ないし
ね。二人はもう出といて」
というと、中に戻っていった。
遅れてやってきたボスとエレベーターに乗りながら、
「縄をほどいてあげたんですか?」とたずねた。
「ううん」と気のない返事。
「えっ! じゃあ、どうしたんですか?」
「あの二人の側に、あの女が持っていたナイフを刺しておいた。気がついたら、何とかし
て自力であの縄を切るでしょう。寺田さんみたいに芋虫みたいになってがんばるよ。その
姿ビデオに撮っておけばよかったね」
と笑顔つきでコメント。この人はやっぱ悪魔だ。
10P
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