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松田探偵事務所
- 困った面々 -
Stage4
11P
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寺田さんとは、その後、マンションの前で別れた。
最後に寺田さんは僕の横で
「君は男の子なの?」
と聞いてきた。
ずっと気になっていたらしい。もしかしたら会ったことがあるのが分かってしまったかな
とヒヤヒヤしながら、曖昧な笑顔を向けていたら、そんなことよりも寺田さんはよっぽど
ここから早く離れたいのか、何回も転びそうになりながらすごい勢いで走っていた。
ボスと僕は横並びで歩いている。
本当は、今日はいろいろなことがあり過ぎて、すぐにでも家に帰って寝てしまいたかった
が、
「今日は、本当に疲れたね。とりあえず、会社に戻るかね〜」
とボスののんびりした口調に、背中を押され会社に戻った。
で、戻った会社では、なぜか速攻で着ていた服をすべて脱ぐよう、日和さんの指示、僕は
なんも分からないまま、すぐに女装から男の格好に着替える。
僕の服を渡してから、日和さんはすごい勢いでパソコンをいじっている。ボスもパソコン
をいじったり、誰かに電話で指示を出したりと大忙しだ。
僕は今日あったこと、分からないことが多すぎて、ボスに聞きたいことがたくさんあった
のだが、忙しく動いているボスに話しかけることも出来ず。いつの間にかソファで眠って
しまった。
朝、起きてみると僕には毛布がかけられていた。ボスは椅子にふんぞり返って仰向けに寝
ているし、日和さんはパソコンの前でうつ伏せで寝ている。朝焼けのもやのかかった状態
で見る二人は、一枚のきれいな風景画のような美しさがあった。
そんな風景に見とれながら、二人はやはり徹夜だったのだろうか。何をそんなにしている
のだろう。僕にもなにか手伝えることはないだろうかと考えていた。
すると、ボスが少し身じろいだ。起きるみたいだ。
少しでも役に立ちたいと思って、目覚めのコーヒーを入れようと、ミニキッチンに向う。
音を出さないように十分に注意して用意していたのに、インスタントコーヒーの蓋を落と
して「カラーン」という音が鳴ってしまった。
「う〜ん。真君何をしているの?」と日和さんの声。
どうやら、僕の立てた音で起きてしまったようだ。
「いや、目覚めのコーヒーでもいかがかなって思って」
小さな声で答えると、
日和さんは寝起きとは思えない、きちんとした足取りでミニキッチンまで来ると、
「いいよ、私が入れてあげる。昨日は真君も大変だったんでしょう。」
と僕に代わって3人分のコーヒーを用意してくれている。
思ってみれば、日和さんとは昨日、「早く服を脱いで」しか会話をしていなかったことを
思い出す。労りの言葉をかけてもらって、胸がほっこりした。
そして、日和さんが入れてくれたコーヒーを飲みながら、ボスと日和さんは昨日の事件の
あらましを説明してくれた。
昨日、張り込み中にボスと日和さんがやり取りをしていたのは、やはりリリーさんの過去
を調べていた。パソコンやネットが得意な日和さんは、怪しげなサイトを何個も経由して、
リリーさんが美人局グループの一員だってことを探りあてた。
そこで、寺田さんとのいちゃいちゃ写真だけでは、弱いと思ったボスは、日和さんに頼ん
で、過去にリリーたちがゆすったと思われる人物たちのリストや、事件を洗い出し、リリ
ーさんにメールで叩き付けていた。
だからこそ、リリーさんたちは、僕たちをゆすりのきた同業者だと思ったのか。
「なんで、そんなめんどくさいことを。寺田さんを助けに来たで良かったのでは」
僕が質問すると。
「出来れば、俺たちと寺田が何か関係あると思われるのは、嫌だったんだ。たまたまゆす
りのネタを手に入れた。それが寺田だった。っていうふうにしたかったんだよね。なんか
起きたときに寺田を巻き込んじゃうとめんどくさいしね。」
ボスはあくびをかみ殺しながら、答えてくれた。
そこまで、あの一瞬で考えてたんだすごい。
疑問が解消して、少し気持ちがスッキリしたけど、まだまだ分からないことがある。
ボスが寺田さんとゆすりをやめさせるって100万円の契約を結んだのかが分からない。
まず、リリーさんたちからのゆすりをやめさせることは可能なのか。
復讐はないのか。
など、どんどん質問をぶつけてみた。
ボスは、ブラックコーヒーを飲みながら、ゆっくりと話始めた。
「まず、もうゆすりはないし、復讐もないから、安心していいよ。真君、
昨日、来ていた服、急ぎで日和ちゃんに渡してもらったでしょう。あれなんでか分かる?」
ボスが企み笑顔でそんなことを聞いてくる。
「なんか急に言われて、何がなんだか全然わかんなかったです」
本当に、昨日は日和さんの勢いに負けて、何も聞けないままだった。
「そうでしょう。全然説明しなかったからね。
リリーのマンションに入る前に、これも羽織っていきなって渡した赤いジャケット。ちょ
っと重くなかった? あれには、なんかあった時ように、GPSと小型ビデオとボイスレ
コーダーが入ってたんだよ。」
僕は全然気付かなかった。というか、緊張していて。重さなんか感じる余裕がなかった。
「渡すときに、全部ONにしておいたんだけど、ビデオのほうはリリーによるナイフ攻撃
で壊れちゃったみたいで、画像がちゃんと撮れてなかったよ。でも、ボイスレコーダーの
ほうはバッチリ取れていたから、あいつらに送っておいた。」
だから、帰ってきてからあんなに慌ただしく着替えさせたかったのか。
ボスも日和さんも知っていたんだ。知らなかったのは僕だけ…
そんなことを考えたのが、顔に出てしまったのか。ボスが
「真君に説明しなかったのは、悪かったと思ってるよ。でも真君は知っちゃうと変に意識
しちゃいそうだしね。まぁ、あのジャケットがナイフから真君を守ってくれたんだから、
細かいことは気にしないの」
と言ってくれた。なんか納得できないけど、まぁ、僕がこのことを事前に知っていたら、
まさに不審な行動を取っていたかも知れないし、仕方ないか。
「あと、あいつらの部屋から出るときに、パソコンをチョットお借りして、やばい情報は
全部頂いてきたからね。これをばらされたら、あいつらおしまいだし、こちらとしても、
探偵の仕事役立ちそうな有益な情報を仕入れることが出来て万々歳。」
とボスがニヤリ顔で説明をしてくれた。
僕の知らないところで、ボスは着実にいろいろなことを考えていたんだ。
でも、
「そんな時間ありましたっけ?」と聞くと、
「真君たちが帰りの仕度をしているときに、ちょこっとね。気付かなかった。」
といたずらが見つかった男の子のような無邪気な笑顔で答えてくれた。
この人だけは敵に回したくないなと思った。
そして、そこからはあれだけボコボコに殴られたのに、脅威の回復力で復活したボスの本
当の大活躍だった。
なんと3箇所からお金を回収した。
1つ目は、寺田さんのところから100万円。あの寺田のことだしバックレルかも知れな
いなとボス自ら会社に出向い行った。
昨日の今日で100万円はそうそう用意も出来ないんじゃないかなと思っていたんだけ
ど、ボスはすぐに回収して会社に戻ってきた。
話を聞くと、見た目ヤクザでしかも、殴られて盛大に晴れた顔のボスが会社に直接乗り込
んできたら、寺田さんは大慌てで、近くの喫茶店に移動。案の定、お金を用意していなか
った寺田さんだけど、「じゃあ、明日にでもまた来ます」というボスの言葉に震えて「明
日もあなたに来られたら困ります」というと、消費者金融のATMを数社ハシゴしてお金
を用意したらしい。
ボスの怖い見た目が十分に役立ったということだ。
2つ目は寺田さんの奥さんから調査報酬。
寺田さんからお金を取っておきながら、これはどうかと思ったけど、仕事は仕事だからと、
日和さんが作った完璧な調査報告書と必要経費などを添付した請求書を送って、速攻払い
込んでもらったらしい。
これで寺田さんも浮気がばれて一貫の終わりだ。
僕は寺田さんの奥さんに寺田さんから100万回収したことがばれないかとドキドキして
いて、それをボスに打ち明けたが、
「あそこはまず夫婦の会話がないからまず大丈夫でしょう。寺田にはこの事務所の名前も
教えてないしね。第一、ゆすられて、金で解決しました。なんて野郎だったら恥ずかしく
っていえないでしょう。寺田もそれぐらいのプライドは持ってるんじゃないの。」
と全然気にしていなかった。
この人はこれ以上の危ない橋をいくつも渡ってきていて、これぐらいなんともないんだろ
うな。
3つ目は、リリーさんたちからだ。ボスは寺田さんをゆすらないと約束させていただけじゃ
なく、リリーさんたちが寺田さんからゆすり取ろうと思っていた額と同じ500万を要求
していたらしい。
僕がそれを知って
「人としてどうなんですか、その行為は!」
と怒ると、ボスは
「どうせ、あいつらが悪いことして手に入れた金だろ。俺も殴られたし、真君だってナイ
フで刺されたんだから、ちょっと高い慰謝料だと思えばいいんじゃない」
と全然悪びれていない。
あのときの、ボロボロのボスのことを思い出すと、僕は何も言えなくなる。
お金はすんなり払いはしないだろうと思っていたが、こっちもボスが直接取りに行ってす
ぐに帰ってきた。
しかも、なんかご機嫌だったから、どうしたんですかと聞いたら、
「いや〜、あの男の顔をもう1回見たら、なんかむかついてきちゃって、ボコボコにして
きた。すっきりしたな〜」
と明るく答えてくれた。
ボス…慰謝料って言ってませんでしたっけ。ボコボコにしたら、慰謝料って言えません。
と思ったが、あまりにも嬉しそうだから、つい笑ってしまった。
ボスはその日は1日ウキウキしていた。寺田さんから集めた100万円と、リリーさんた
ちから集めた500万円の計600万円の現金が懐にある。この探偵事務所はいつも貧乏
で、こんなにお金があることはめったにないらしく、なんか事務所全体が喜んでいる感じ
がした。
そんな夕暮れ時の、ウキウキムードの探偵事務所にて、僕は日和さんの手伝いで、書類整
理をしている。
でも、格好が気になって仕方ない。シンプルな白シャツに、黒のカーディガン、ネクタイ
だってつけてる。ここまで聞くと至って普通の格好っぽいが、下はタータンチェックでプ
リーツたっぷりの丈の短いスカートに、紺のハイソックス。完璧になんちゃって女子高生
の格好だ。
これには理由がある。僕が壊してしまったあの赤いジャケットに入っていた小型ビデオの
弁償分だ。あれはリリーさんが壊したわけだし、僕のせいじゃないのに、ボスが勝手に
「真君からお金で弁償って言うのはもちろん無理でしょうから、これから一週間コスプレ
しながら働いてもらいましょう」
と決めてしまった。
あまりにも理不尽すぎると日和さんに助けの視線を送ったが、日和さんはそれを無視して
「賛成」
と一言。それで決定してしまった。
後ほど、ボスが席を外しているときに日和さんが僕のところに足音も立てずにそっと来て、
「今回ボスも殴られてボロボロになったりと大変だったことだし、これぐらい楽しみがな
きゃね。真君も女装を磨くチャンスだよ」
とポソっと言って去っていった。
そんな日和さんも結構乗り気みたいで、ボスと一緒に僕に何を着せるか相談している。
そんな経緯で、今日は日和さん提案の女子高生の格好だ。
ボスは女子高生だったら、セーラーが良いと言い張ったが、日和さんがいまどきのリアル
な感じが良いと言ったので、却下になった。
日和さんのこだわりは本当にすごくって、カーディガンを腰に巻くやり方にも流行がある
らしく、丹念に教えてもらったがすぐに忘れてしまって、今は肩からかけている簡単バー
ジョンだ。こんな情報をこの人はどこから得ているだろう。
コスプレなんて僕は嫌だったんだけど、本当に、二人はこの状態を楽しんでいるみたいで、
日和さんは相変わらずクールな態度は崩さないけど、ナースの格好の時には、救急箱が僕
の机の上においてあったり、今日のカーディガンも本当に女子高生の間で流行っているブ
ランドらしく、ディティールにこだわりがあるみたい。
ボスは分かりやすく楽しんでいて、僕の格好にあわせて自分も設定を作って遊んでいる。
ナースのときは時には患者になって、熱を測ってと甘えてきたり、時には医者になって、
「汗!」とか急に言ってビックリさせたる(ご丁寧にハンカチを渡してから、顔を僕に近
づけてきた)。ディズニー映画に出てきそうなお姫様ってときなんて、急にダンスを誘っ
てきたのには、本当に驚いた。しかも、ダンスなんて全く踊れない僕には美麗ママがレッ
スンしてくれて、ちゃんと踊れたときは少し感動すらしてしまった。
というか、美麗ママのお店の衣装には限界がないのかな、なんでもそろっている気がする。
やっぱ、この人たちの不思議なノリについていけないかもと、この探偵事務所に対してち
ょっと不安を抱いてしまう僕がいる。
なんとなく、3人とも仕事が一旦落ち着いたときに、ボスは僕と日和さんに向かって、
「さぁ、お金も入ったことですし、高級焼肉でも食いに行きますか」
と上機嫌で誘ってきた。
日和さんも
「いいですね。こんな機会めったにないから、たくさん食べますよ」
と乗り気に。
僕ももちろん反対するわけがないので、
「じゃあ、行くか」
と、みんなが出て行こうとすると、逆にドアが急に開いて人が入ってきた。
「美麗ママ! グッドタイミング。今からみんなで高級焼肉食いに行くところなんだけど、
一緒にどう?」
美麗ママをボスが焼肉に誘う。美麗ママにはいつもお世話になっているし、ぜひ一緒に行
きたいなと僕も思った。
「高級焼肉ってことは噂は本当だったんだ。優さんあんた今回の件で、相当稼いだらしい
じゃないのよ。溜まってる家賃の飲み代のツケ、全額払ってもらいますからね」
と美麗ママは言うと、どこに隠し持っていたのか、帳面と電卓を出すと、ボスを奥の机ま
で引っ張って行ってしまった。
あっけに取られている僕と日和さん。
美麗ママが奥から、
「みんな〜、やっぱりそうだったわよ〜」
と大きな声で叫ぶと、ドアがまた開いてまずは香水の強烈な匂い、そして着飾ったどこか
のクラブのママと思われる方々が一気に押しかけてきた。そして、ボスを一気に囲むと
「さぁ、溜まったツケ払ってもらおうか」
という輪唱が始まった。
女性の高い声から、元男性の低い声まで、多種多様な声でボスにツケの請求。そして、20
分後には、美麗ママを筆頭にママさん達は一斉にいなくなり、残されたのは、呆然として
いる僕ら3人だけだった。
ボスは力なく笑いながら
「残ったの、これだけだよ」
と1万円札をヒラヒラと揺らしている。
それを見た、僕と日和さんもお互いに顔を見合わせて、力なく笑ってしまった。
3人でひとしきり笑った後、ボスが何かを思い出したように、
「日和ちゃん、寺田の奥さんから振り込んでもらったのは、まだ残ってるよね。それ引き
落としして食べに行こうよ」
と良いこと浮かんだという満面の笑みで日和さんに話しかける。
しかし、日和さんはクールに
「あれは、私と真君のお給料に使うもので、一切手を付けさせません」
ときっぱりと言った。
「そうか〜。それはダメだね。残念だ〜」
と、言葉では残念がりながらも、ボスはなんか少し嬉しそうだった。
日和さんがそういうところをしっかり管理してくれているのが、心強くって嬉しかったの
かもしれない。昔から築き上げた信頼関係なんだろうなと、少し羨ましくも感じた。
「じゃ、この1万円はどうしようか…」
とボスは誰に言うでもなく、独り言をつぶやいた。
すると、日和さんがボスのところに寄ってそうっと耳打ちをする。
それを聞いたボスが笑顔になって、僕のところに歩いてくる。そして、
「これを真君に進呈します。今回のお仕事の臨時ボーナスです。今回は大活躍でしたね。
お疲れ様でした」
と一万円札を何かの賞状みたいに、両手で持って、まっすぐに僕のほうに向けてくれてい
る。
その横で、日和さんがパチパチと拍手をしてくれている。
僕は涙が溢れてきて目の前が見えなくたっていた。でも、1歩前に足を踏み出して、その
一万円札を恭しく受け取り、
「あっ、ありがとうございます…」
とお礼を言った。
ボスも拍手をくれる。
本当にこの人たちに出会ってよかった。と心の底から思った。
会社をリストラされて、人生いいことなんかないと思っていたけど、見た目ヤクザで、ち
ゃらんぽらんだけど頼りになるボス。クールだけど本当はとっても優しい日和さん…
また、急にドアが開いて、3人の視線が集まる。
「お邪魔するわね〜。いや〜だ。あんたたちやっぱまだ居たのね。お店、店の子に任せて
きたから、焼肉食べに行くわよ〜。今日はどっかの誰かさんから家賃ぶんどることができ
たから、すっごく気分がいいの。おごっちゃうわよ〜。」
美麗ママだ…
いつもこの探偵事務所のことを心配してくれている。美麗ママ。
ぼくは、この人たちに出会えたことを心から感謝します。
「あら、真ちゃんなんで泣いてるの? 優さん、あんたまたひどいこと言ったんじゃない
でしょうね。そんな人にはお肉食べさせてあげないからね」
美麗ママが腰に両手を当て、分かりやすい怒りのポーズ。でも顔は笑顔だ。
「美麗ママ。違うよ〜。日和ちゃん説明してあげてよ〜」
ボスもわざとらしく、頼りない声をあげる。
「所長。私は知りませんよ〜。やっぱお肉抜きですね」
日和さんも美麗ママを見習ってか、腰に両手をつけて怒りのポーズ。でも、ちょっと口元
が笑ってしまっている。
「そりゃあ、ないよ。真君からも美麗ママに説明してよ〜」
3人がこっちを見た。僕は涙をぬぐって、出来るだけの笑顔で
「ボスはやっぱりお肉抜きです」
と言い切った。もちろん、ポーズは腰に両手の怒りポーズで。
日和さんと美麗ママが声を上げて笑ってくれて、ボスがわざとらしい声を上げながら
「真君。そりゃあ〜ないよ」
と倒れていった。
僕はこれからも、なれない探偵家業、なれない女装に悪戦苦闘すると思うけど、この人た
ちが一緒だと思うと頑張れる気がした。
みんなが焼肉店に向かおうと、ドアを通る中、一番最後の僕は、その誰も居なくなった事
務所に向かって、
「これからもよろしくお願いします」と小さく礼をした。
「あっ、カギ忘れた」
ボスが走って階段を上ってくる。独り言を聞かれたかとドキドキしていると、
「はい」
ボスが僕に向かってカギを渡してくる。それを反射的に受けとる。
「事務所のカギ、真君ももううちの一員なんだから持てなきゃね。渡し忘れてたよ。カギ
締めてきてね」
と言うと、ボスは階段を下りていく。
手元のカギと、ボスの後姿をボーと眺めていると、
「真君、何してるの。追いてっちゃうわよ〜。」
と下から美麗ママの大きな声が、そして、
「早く〜」
と控えめな日和さんの声。
こんな僕を必要としてくれている人がいる。
カギを閉めると、僕はみんなのもとへと急いで階段を駆け下り、走り出す。
短いスカートが風にヒラリと舞った。
11P
Fin
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