▼女装小説
薫風学園 高等部
作: 安藤 三智子
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約束の時間になり、両手に抱えきれないほどの資料を用意した夢香先生を伴って、
生徒達の待つローズガーデンへと向かった。
心配していた大勢の生徒達は見当たらず、3名の生徒が、立ち上がってお辞儀をし
た。

「ごきげんよう。夢香先生、遼華様、ワタクシ達が、代表でお話しを伺いにまいり
ました。大勢で詰めかけてもご迷惑になりますでしょう?詳しくお聞きして、他の
皆様に責任を持ってご説明いたしますので、よろしくお願いいたします。わたくし
は3年総代の星野加奈と申します」
「ワタクシは2年代表の片岡美月と申します」
「ワタクシは1年代表の神崎紗生と申します」
自己紹介する三人の、無理におしとやかに振る舞っているのでも、教育の賜物でも
ない、当たり前に存在する空気の様な気品に少々気押されながら、プロジェクト参
加の条件と要点を話し、資料の束を差し出した。

「何人の生徒が参加するかは、遅くとも1週間以内に知らせて頂きたいの。早けれ
ば早いほど素晴らしい完成が望めると思います。いかがかしら?加奈様、今の段階
での、あなたの見解をお聞かせいただけるかしら?」
と、少々厳しい口調で威厳を見せながら(相手には伝わっていないかもしれないが
……)答えを求めた。
「遼華様、とても素敵なプロジェクトですわ。おそらく全員参加になる事と思いま
す。1週間以内にワタクシが、責任を持って皆様方のご回答と、参加される方々の
役、衣装を決定してお知らせにあがります」
流石の返答!こちらが心配する事は無用だと感じホッとしながら、
「お任せしてもよろしいのね。とても心強い協力者が現われてくれた事に心から感
謝いたしますわ。ね。夢香様!」
と、満面に笑顔を表して夢香先生に賛同を呼び掛けた。
「本当に、総代の加奈様が協力して下さるなんて、私もうれしくってよ。本当にあ
りがとう」
安心感からか、夢香先生の瞳は、少し潤んでいるように見えた。
それとは逆に星野加奈は、資料の束を厳しい目で確認しながら
「では、本日中に皆様にお伝えして、美月様と紗生様とご一緒に、プロジェクト進
行をお手伝いさせていただきますわ」
と、立ち上がった。
「なんだか想像しただけで楽しくなってきましたわ」
2年生代表の片岡美月が隣の1年生代表の神崎紗生に水を向けた。神崎紗生も
「早く皆様にもお知らせしてさし上げたいわ。薫風学園に入学したことを、ワタク
シ本当に嬉しく思いますわ」
と答え、女子高生らしくはしゃいでいる。その二人を実の姉のように微笑みながら
見ている星野加奈に、ただならぬ気品と優雅さを感じていると、
「では、夢香先生、遼華様、ごきげんよう。お二人とも、考えているより大変なお
仕事だとしっかり理解しなければいけませんわよ。お引き受けした事を遼華様の想
像以上に仕上げてこそ、薫風学園高等部の生徒です。よろしくって?」
と、プライドと責任感の高さも兼ね備えている完璧さに後の大物ぶりも垣間見えた。
それを目の当たりにし、気後れする事無くかえって気を引き締めた二人の表情には、
凛とした美しさが現れた。

それぞれが、それぞれに美しい花のような笑顔でこちらに微笑みを向けてローズガ
ーデンのアーチを抜けて見えなくなった。

「夢香様の心配は、全て無駄のようでしたわね」
と、隣に声をかけながら視線を向けると、
「本当に。こんなにも生徒達と楽しく椿祭を創り上げる事が出来るなんて夢のよう
ですわ。みんななんて素敵なレディなんでしょう。今までこんなにも近く彼女たち
を感じられる環境にいながら、それをする事無く今日まで来た自分がとても悔やま
れてなりません」
夢香先生の生徒達を追う視線は、少し自分を責めているようにも感じられ、
「今までの悔しさは、これからの課題に変えて、多くのレディを育ててさしあげて
下さいね。わたくしも、いつでもお手伝いいたしますから。」
自然と励ましの言葉をかけてしまった。その言葉が伝わったのか、
「あぁ、何故でしょう……この感動を浅葱教頭に伝えたいのは……」
と、前向きな答えが明るく返ってきた。
「きっと、浅木教頭が先生のお話しをお聞きしたいからだと思いますわ。今日の夢
香様のお仕事は終了ですもの。サロンで教頭がお待ちかねかもしれません。後の仕
事は私の担当分野ばかり、これからの夢香様の担当は、浅葱教頭のお話し相手かし
ら?」
と、水を向けてみた。
「遼華様は、ワタクシの望んでいる言葉がすべてわかるようにお話しになるから不
思議ね。遼華様のような男の方がワタクシの目の前に現れたら……あっ、今のお話
しは誰にもおっしゃらないで下さいね。二人だけの秘密ですわよ。では、ごきげん
よう遼華様!!」
と、はにかみ微笑んで立ち上がった。その瞬間、なんだか目の前の獲物を逃したよ
うな口惜しさを打ち消すように、夢香先生の軽やかにひるがえした淡いグリーンの
プリーツスカートが、見えない風を感じさせてくれる幸せに目を閉じた。


ファッション業界のドキュメンタリー番組として残しておきたいほどの怒涛の2週
間が過ぎ去り、何もかも準備は万端、後は出演者(生徒達)のリハーサルに明け暮
れる毎日となった。
幸いにもこの椿祭開催の一週間前は、生徒達の意向が最優先されるため、時間を作
りだす苦労はしなくて済んだものの、夢香先生の完璧主義な性格とそれに賛同した
生徒達のおかげで、椿祭が終了するまでは、プレッシャーが解ける事はない張りつ
めた毎日が続いた。
生徒達の性格をまだ把握していない俺を助けてくれたのは、いつものごとく美寿羽
オーナー。彼女の的確なアドバイスで、これだけの生徒の衣装やアクセサリー、メ
イクの選択に戸惑う事は無かった。
性格を見抜いた上での役の割り振りも功を奏し、みんなが満足し、生き生きと演じ
ている様は、本当の中世の舞踏会場へタイムスリップしたようで、現実を見失いそ
うになるような錯覚さえ覚えた。

椿祭は、1年間の生徒達の研究成果や、芸術面での成果を発表する第1部と、夢香
先生のフルートの特別演奏から始まるパーティー形式の第2部で構成されている。
全寮制の学園ゆえに、日頃なかなか会う事の出来ない親族や学園に協力を惜しまな
い政界財界の来賓のVIPとの交流を目的とする第2部は、特に盛大で、セレブ達
の間ではステイタスであり、学園側から届く招待状であるカメオのブローチは、そ
の証としてあまりにも有名なんだそうだ。
(まぁ、俺のいた芸能界クラスの世界では、知らない人も多いらしいし、それを自
慢げに話す程度の人間は、ここには存在しないという事だろう。)

夢香先生の奏でるボッケリーニのメヌエットをはじめとする素晴らしいフルートの
演奏に会場全体が酔いしれ、多くの女性たちの視線は、夢香先生の美しさと、身に
まとった衣装、アクセサリーへと注がれ、感嘆の声も後を絶たなかった。
いつもなら演奏の次は、自由に歓談交流する社交界へと移行するのだが、今回は、
オーケストラ演奏を始めると、会場の各扉から現れた中世ヨーロッパの令嬢に扮す
る生徒達が登場した。今回のプロジェクトは、ほとんどの来賓にはシークレットで
進められており、その驚きと素晴らしさに、割れんばかりの拍手が巻き起こり、ざ
わめきが落ち着くまでには、かなりの時間を要した。多くの来賓の方から、直接様
々なお褒めの言葉を頂いた。
それ以上に嬉しかったのは、やはり、浅葱教頭と、夢香先生の寄り添い笑う姿。こ
の時、椿祭の成功と、プロジェクトの本当の終了を感じて、心が軽くなった。
「人の幸せを見て自分も幸せになれる事ほど素敵な事はございませんわね。橘様」
と、美寿羽オーナーが耳元で囁いた名前は、遼華ではなく、橘だった事に、少し間
を置いて気がついた。本当の自分を評価してくれる人間がいる事はこんなにも力に
なるものかと一人の人間の重要性を気付かされた。

ウィンクをしながら理事長の方へ歩を進める美寿羽オーナーをゆっくりと見送る俺
の視線の前に飛び込んできたのは、タイトナドレスを見事に着こなした目が印象的
な女性だった。
「大成功おめでとうございます、遼華様。美寿羽様は、本当にお美しいわ。同じ女
性が見ても、溜息が出るほどですわね。遼華様、突然で申し訳ないんですけれど、
ひとつお伺いしてもよろしくて?」
落ち着いた抑揚のない言葉に、只ならぬものを感じ、失礼ながら視線を向けず、会
場を監視している風を装い、
「ワタクシにお答えできる事であれば、よろこんで。」
と、短くいうのがやっとだった。
「美寿羽様とは、どういったお知り合いですの?ワタクシとても興味がございます
の。こんな事をお伺いするのは、はしたないとは思いますけれど、何故だか我慢が
出来なくって……」
と、自分の感情に少々苛立ちを覚えているような里中りさの横顔に、自分の女装が
ばれたのではない安堵に胸をなでおろしながら、この学園での新たな使命が届けら
れた胸騒ぎを感じた。
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