▼女装小説
薫風学園 高等部
作: 安藤 三智子
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椿祭での夢香先生のステージ衣装もジュエリーも大まかな構想が出来つつあった。
大樹財閥の後ろ盾もあって、短期間では到底無理であろう数々の難題が見事に片付
けら
れていく。その様は、部屋の中にあるいつも使っている日用品を取り出すような素
早さで、いとも簡単に世界規模の買い付けが進められているようだった。
全てにおいて最高級の素材を集め、プロフェッショナルが創り上げる。
手配するこちらのスピードが落ちなければ、仕事が滞る事は無い。こんなにも気持
ちの良いプレッシャーの中で仕事が出来るのは、男冥利に尽きる……と、声を大に
して言えないのがいつもと違うところだが、自分の置かれた今の状況を満喫してい
る。
美寿羽オーナーにも感謝を伝えたくて電話をしたのに、(時々男として話す事もし
ないと、自分の性別に不安を抱いてしまうのも理由の一つだが)
「ワタクシは仕事のご依頼をしただけの事。それを選んだのは他ならぬ橘様ですわ。
紹介したワタクシが橘様を選んだ一番の理由は、その感謝の気持ちが表現できる所
ですのよ」と、いつものようにパワーになる一言を貰った。

夢香先生はと言えば、毎朝の練習に加え、文献を読みあさり、俺の立てたプランに、
的確なアドバイスと自分なりの提案もきちんと出してくれる。
教頭からは「夢香様は、サロンに時折お顔をお見せになって、かつてご自分が生徒
だった頃のようによくお笑いになるわ。遼華様と進めていらっしゃる秘密のプロジ
ェクトの忙しさをそれは嬉しそうにお話しになって……私はそのお話しを聴くのが
最近の楽しみですわ」と、お手製のクッキーをご馳走して頂いた。今日は午後の授
業が無いので、ゆっくりと打ち合わせをする約束だ。
両手いっぱいの資料を抱えて、校内を歩いていると、
「りょうかさまあぁぁぁぁぁ」と、今まで聞いた事のない夢香先生の叫び声を耳に
した。慌てて振り返ると、これ又資料を抱えた夢香先生と、何人もの生徒達の姿が
迫ってきた。
「どうなさったんですの?そんなに大きな声で。元気なのはおよろしいけれど、び
っくりしてしまいましたわ。それに皆様まで・・・理事長がご覧になったら場合に
よってはお叱りを受ける事になりますわよ」
と、夢香先生と生徒達にゆっくりと視線を投げかけながら、取りあえず冷静に対処
したものの、夢香先生は今にも泣き出しそうな顔をしているし、それとは反対に、
生徒達は何やら意味深な瞳でこちらを見つめている。話を聞こうにもこのままでは
収拾がつかない雰囲気が伝わってきたので、
「皆様方は、午後の授業がおありでしょう?全ての授業が終了した後で、ゆっくり
とお話しをお伺いしますわ。放課後ローズガーデンのテラスにお集まりになって。
それでよろしくって?」そう言って首を傾げると、生徒の中心人物であろう3年生
の生徒が、
「皆様、お聞きになりましたわね。遼華様がお約束して下さったのですからこれ以
上は、はしたないわ。お話しは放課後ゆっくりと……それでは、夢香先生、遼華様、
ごきげんよう。さっ、皆様も、授業にまいりましょう」
そう言って静かに背を向けた。

生徒達の背中が小さくなった頃、夢香先生が、大きな溜息をついた。
「遼華様、本当に何と言ってお詫びしたらいいのか、言葉も見つかりませんわ。ワ
タクシったら、遼華様から頂いた衣装のデザイン画の束を廊下で
落としてしまったのです。歩いていた生徒達は、親切からそれを拾い集めてくれた
のですけれど、衣装の素晴らしさが気にならない生徒は居る筈もなく、矢継ぎ早の
質問攻めについ、プロジェクトの事を話してしまったのです。そうしたら、生徒は
参加できないのですか?ワタクシもこんな衣装で椿祭に参加しとうございます。と、
詰め寄られてしまって……」
訳を聞いた途端に、この人はどこまで真面目なんだろうかと可愛くも思えたし、可
笑しくも思えた。俺にとっては何でもないアクシデントがこの人には泣き出しそう
な事なんだろう。俯いた夢香先生を覗きこんで、優しく声をかけた。
「それで走って逃げておられたのですね。大変でしたわね。お察しいたしますわ。
でも、どうして夢香様が、ワタクシに詫びる様な事になるのかはわかりかねますけ
れど。生徒達が参加を希望するのであれば、喜んで認めてあげるのがこの学園の基
本理念ですもの。何も問題はございませんわ。ただ、プロジェクトは大幅に変更し
て、夢香様のお仕事も山のように増える事になりますけれど、それは構いません事
?」
子供のように頼りなげに考え込んでから、夢香先生の唇が動き、
「遼華様のおっしゃっている意味が、まだ半分理解できませんけれど、お怒りには
なられては、いないのですわね?」
そう言って、幾分戸惑いはあるものの、いつもの笑顔を見せてくれた。
「何事もプラスに考える事は、得意ですのよ。生徒達が集まる放課後までに、最高
のプロジェクトに変更いたしましょう。秘密の歴史史料室で、おいしいランチを頂
きながらなんて、名案ではございませんか?」
と、少々大げさに建物を指さしてみせると、
「ほんとう!心配事が軽くなったら、お腹がすいてきましたわ。柊館長にお願いし
て、特別にお許しを頂きましょう。ワタクシの部屋からシェフにランチを届けるよ
うに手配してもよろしくって?」
と、想像を超えるプレゼントを貰う結果に繋がった。
「それは願ってもない事ですわ。では、まいりましょう」
「はい」
はじめて校則を破る子供のように軽い足取りではしゃいでいる夢香先生を、自分一
人で見ている事が、何とも残念に思えた。

史料室に到着し、わずかな時間しかたっていないにもかかわらず、これがランチ?
と自分の常識を遙かに超えた昼食が届けられた。美味しいランチを目の前に、男が
顔を覗かせるのを必死で抑えながらも
「遼華様、その体型からは想像できないほどお食べになるのにはびっくりいたしま
したわ。シェフの岩城が見たら、さぞ喜んだ事でしょう。今度ワタクシのお家で、
ディナーをご一緒いたしませんこと?たまには岩城にも本領を発揮する機会が無く
ては、可哀相ですもの。ねっ、よろしいでしょ?」
と、言われてしまう始末に、気持ちを引き締めねばと反省をした。

ゆっくりとティータイムと流れていきたい気持ちを振り切って、生徒達の対応を二
人で話し合う事にした。さっきから夢香先生の心の奥底の不安が、見え隠れしてい
る事が気になって仕方が無かったからだ。
「おいしいランチの後で、余韻に浸りたい気持ちもありますけれど、夢香様は、そ
れどころではないご様子ですわね。さっそく本題に入りましょうか?」
やはり、よほどプロジェクトの変更に不安があったようで、こちらからの提案に、
ほっとした顔を向けた。
「はい。本当に申し訳ありません。私の不手際で、遼華様にご迷惑を……」
責任感の強い夢香先生を安心させるには、本題を具体的に解決する最高のアイディ
アを話す他無いようだ。と言っても、得意の思いつきにすぎないのだが……
「大丈夫ですわ。夢香様の演奏の舞台を、本物の中世の舞踏会にすれば問題ないの
ではございませんか?参加したい生徒には、中世ヨーロッパ貴族になりきって舞踏
会に出席してもらうのです。何事も中途半端にしては、この学園の趣旨に反します。
それぞれに実在した貴族や王族の役柄を与え、その役を演じてもらうのです。中世
ヨーロッパの舞踏会を出来る限り忠実に再現して、生徒だけでなく、来賓の方々に
も、歴史を感じて頂くのです。でも、男性の参加は無理でしょうから、来賓の男性
の方々にお相手して頂きましょう。素敵なレディになられたご自分のお嬢様とのダ
ンスは、きっと皆様の良い想い出になると思いますのよ。いかが?」
と、普通なら無謀と思えるアイディアも、この学園の中では可能だろうとすらすら
と言ってのけた。
「まあ!なんて素敵!!」
と、普通なら、そんな事無理だと言うはずの返答が賛成の声だったのに益々大きな
可能性を確信した。
「でしょう?でも、夢香様のお仕事は凄まじいものになりましてよ。大丈夫ですこ
と?」
いくらか厳しい顔つきを見せて再度確認すると、
「遼華様こそ、ワタクシの数倍お忙しいんじゃございませんか?」
と、厳しい顔つきを真似て返す余裕を見せられたのには正直驚いた。
「大好きな事をする時には、忙しさが楽しさになるんですのよ。それは夢香様もお
感じになられている事でしょう?」
「おっしゃる通りですわ。そうと決まれば、さっそく資料作りに取り掛かりますわ
ね。手始めに、王侯貴族の家系図と人物像を出来るだけ生徒達に分かり易くまとめ
ておけばよろしいかしら?」
「その資料に、ワタクシの収集したドレスとアクセサリーの写真を組み合わせて生
徒達に選んでもらいましょう」
「では、三時間後にここで!」
「承知いたしました」
打てば響く、ボケれば突っ込むという呼吸を感じながら、自分の資料を詰め込んで
あるそれぞれの部屋へと向かった。

夢香先生には前代未聞の忙しさだろうが、何度もショーを経験している俺には、懐
かしい忙しさが心地よかった。
生徒全員が参加を希望しても、1年生42名、2年生44名、3年生44名の合計
130名だから、大きなショーで用意するドレスに比べれば、数は知れている。
その上、確かな指示さえ出せば、一流のスタッフがそれに応えてくれるのだから、
余裕すら感じられた。
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