▼女装小説
薫風学園 高等部
作: 安藤 三智子
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「美寿羽オーナー、すみませんが、こちらの部屋に来てもらえますか?」
少し大きな声で、隣室のオーナーに、声をかけた。
「どうかしましたか?まぁ、沢山ご用意して下さったようですわね、理事長。」
目を丸くして満足気な女性らしい顔が覗いた。
「あの、男物のスーツやズボンが一つもないんですよ……」
クローゼットを背にして訪ねる俺に、涼しい顔のオーナーが映る。驚いているのは俺だ
けだと気づくと同時に、少々わざとらしいセリフが耳に届いた。
「あら?私ったら、肝心のご説明を忘れていたようですわ。これからお仕事に行く、薫
風学園は、男子禁制の学園なんです。ですから、学園内では、橘さんには、女性を演じ
ながらお仕事して頂く事になります。勿論、学園長、ここの病院長である学園の理事長
は、橘さんが男性である事を知っていますから、ご安心ください。ただし、生徒や生徒
のご家族には免疫のない方や、反対する方もいらっしゃいますので、学園の敷地内では、
常に女装でお願いいたします。以上の事から、今からこの中から自分を最も女性らしく
見せるお洋服を選んでいただき、橘さんの専門分野のメークを完了して頂きたいんです
。」
説明を忘れたとは思えない完璧な設定に、ひきつりながらも、笑顔を返す他に、俺には
思いつかなかった。思いついても、断るには条件が魅力的すぎた。
これから世界に旅立つ女子校生達に、俺のアーティストとしてのすべてを伝えるつもり
で自由に腕を奮って良いという。その際に必要なすべての経費を学園が持ち、住まいも
学園が用意してくれる。食事も身の回りの世話も、何もかもを学園側がまかなってくれ
るという。その上破格の年棒で、俺を評価してくれた。
俺もプロだ。自分を高く評価してくれる仕事は、断ることはできなし、女性を美しくす
る事に興味がある以上、女装に全く興味が無いわけではない。現に、美寿羽オーナーの
話に、目はすでに衣装を物色し始めている。
「仕事ですから、お受けした以上、全力で取り組ませていただきます。では、もう少し
お待ち頂けますか?」
と、数々の心の中の真実を見抜かれる前に、オーナーに退室をお願いした。
しかし、その衣装のどれもが、自分のサイズにピッタリにしてあるのが恐ろしかった。
オーナーがそう指示したのだろうが、俺を見るだけで、サイズはおおよそ見当が付いて
いるというあちらのプロの目に、自分の闘志も湧いた。
オーナーが醸し出す女性らしい華奢なイメージの優しい色使いのワンピースとは対照的
なキャリアウーマンをイメージさせる一着をチョイスした。
短時間で無駄毛の処理までは手が回らないので、濃紺のパンツスーツに、胸元が目立た
ない様に、襟の大きめのブラウスを選んだ。
この時の為に伸ばしていたような長い髪がとてもありがたかった。
メイクはこう言っちゃあ何だが、どんなおっさんでも素晴らしい女優に変える自信があ
るから、日頃から、肌の手入れを欠かさないプロの自分をきれいに作り上げるのは簡単
だった。
「橘さん、お時間が迫っているんですけれど、大丈夫ですか?」
そう言って、オーナーが声をかけるまで、自分からはドアを開ける事が出来なかった。
そこが女装初心者らしいところだろう。
「大丈夫です。オーナー、すみませんが、最終チェックお願いできますか?」
そういって、オーナーがドアを開けるのを促した。
「まぁ。やはり良くお似合い。私のお見立ては正解。橘さんを選んで良かったわ。さっ
そく学園にまいりましょう。」
オーナーの笑顔は、俺の自信につながった。
女装は初めてだが、多くの女優の演技の現場にはメイクアップアーティストとして、数
多く指名を受け、立ち会ってきた。
女形の歌舞伎俳優に、どうすればそんなに女らしく出来るんですか?と、メイクの合間
に聞いた事がある。彼は、
「美しい理想の女性を演じればいいの。仕草は、慣れるまでは何を着ても、窮屈な着物
を優雅に着こなすイメージで身体を動かしたわ。着物の裾を開かないようにとイメージ
して歩けば、自然に小股で歩くでしょう?身振り手振りを小さくする事がポイントネ。」
と、ふふふと、自然に口元を隠して笑った。その彼に、
「橘さんは、ずるいわ、私がどんなに頑張っても手に入れられない声を持ってるから」
と、悔しがられた事がある。
声変わりをしないでここまで来たような男とは思えない声である。
声の低い女と言う感じらしい。
しかし、女性らしい言葉使いは、自信が無かった。
「オーナー、仕草や言葉遣いでばれてしまうような気がするんですが、大丈夫ですかね
?」
「大丈夫ですわ、皆さんには、とても快活な性格でらっしゃるから、言葉使いや、仕草
にも、それが表れている方だとご紹介してありますから。それと、学園内では私の事は、
オーナーとは、おっしゃらないでください。あくまでも学園では、ビューティーアドバ
イザーとして、生徒の皆さんと接しておりますので。呼び方は、学園に着けば分かりま
すわ。では、まいりましょうか。」
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