▼女装小説
薫風学園 高等部
作: 安藤 三智子
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雑誌の撮影で何度かお世話になった「アルテミス」の、オーナーの美寿羽さんに紹介さ
れたのは、都心から少し離れた、私立の女子高での仕事。
そこは、財閥や、華族、貴族、そういう類いの、一般庶民として27年間生きてきた俺
には、良く分らない高貴な家柄や、名前を言えば世界が頷く大企業のご家庭のお嬢様方
が、世界のVIPやセレブと臆することなく渡りあえる自分を作るための特別な学園ら
しい。
その教育は幼少の頃から始まっていて、高等科は全校生徒が寮生活に入り、学業に加え、
社交界デビューの為の特別なカリキュラムを3年間で修了するのだとか。
ここまでの話は、昨日「アルテミス」での、撮影の仕事の後に、オーナーから聞かされ
た学園の内容だ。
俺の名前は、橘 遼平。メイクと名の付くものは何でも手掛ける。メイク程ではないが、
スタイリストとしての仕事も業界では評価を受けているようだ。美寿羽オーナーの雑誌
の対談で、一応ヘアメイクとメイクの専門家として出会ったのがきっかけで、今回の新
しい仕事が決まった。
と言っても、まだはっきりと仕事の内容を把握した訳ではなく、今日、学園に向かう前
に、詳しい説明を受ける事になっている。
待ち合わせは何故か、都心の大病院。一流ホテルのフロントを思わせる高級感あふれる
デザインと充実の機能、何もかもがこの病院を訪れる人々の金額に糸目をつけない経済
力を表しているようだ。イライラと待つ人は無く、待っている人も安心しきった表情で
ある。ここが病院内である事を忘れて、流れるBGMを聴きながら、うとうとしている
自分が不思議だ。少し早く付き過ぎたらしいが、遅れるよりはましだろう。相手が美人
オーナーとなると、早起きも出来るもんだと、自分でも可笑しくなる。

「お待たせしてしまったようで、申し訳ありません」
なんとも耳障りのいい声でロビーのソファで、後ろから声をかけられた。その為に、首
だけでオーナーを確認した不用意な自分に、静かな笑顔で会釈する彼女が、すぐにビジ
ネスの顔になった。俺の正面に優雅に回り、
「学園長が本日午後からイギリスに発たれるそうなので、さっそくですが、学園に向か
います。よろしいですか?」
そう言ってビジネスモードのスイッチを押すように促された。
「あっ、え、ええ。僕は構いませんが、この恰好でよろしいんですか?」
ジャケットもズボンもブランド物だが、社交界デビュー前提のお譲様ばかりを集める学
園の学園長に会うには、あまりふさわしいとは言い難い服装は、どうかと思い訪ねた。
「大丈夫です。こちらでお洋服はすべて用意しておりますので、最上階で着替えて、準
備をしてからと思っております。ご予定がよろしければ、最上階にまいりましょう。」
本当に何から何まで完璧なオーナーだとつくづく感心する。
言われるままに、オーナーの後について、最上階にたどり着いた。
そこは、病院の最上階とは思えないホテルのスウィートを思わせる広い一室が用意され
ていた。
「病院の理事長や、ご家族が検査や入院をされる時の為だけに用意されたお部屋です。
ここで着替えて下さいますか?中に全てご用意しておりますので、分らない事があれば、
隣室の私に、声をかけて下さいませ。」
そう言って部屋の戸を閉めるオーナーを確認し、部屋の中に向き直ると。大きなクロー
ゼットが目に付いた。ここを開けて好きなものを着ろと言う事だろう。
「紺かグレーのスーツあたりでいいよなぁ……」
そう小声で言いながら、静かにクローゼットを開けて、我が目を疑った。
端から見事に用意された衣装は、全てが女性のもの。ファッション業界でもなかなかお
目にかかれないブランドの究極の一着が並べられていた。最新と言うだけで無く、普通
のおブランドマニアでは手に入れられないものも並んでいたし、金額的にお目にかかれ
ないものも何着も目に付いた。俺がブランドに詳しい普通の女なら、喚起の声を上げて
卒倒しただろう。どうすればこれほどのコレクションが揃うのか知りたいもんだと思い
ながら、知っても仕方がないと下世話な想像を打ち消した。しかし、今の現実問題はそ
このところではない。なぜなら、その中に男性を思わせるものは、一枚も見当たらなか
ったからだ。
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