▼女装小説
薫風学園 高等部
作: 安藤 三智子
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必要のない?オーディションが終了し、スタッフルームに引き上げた途端、りさが
口を開いた。
「さてと、今回の趣旨なんだけど、ちょっと薫風学園の空気を変えたいの。外の風
を入れてあげたいっていうか……。この間の椿祭での生徒たちの笑顔がきっかけな
んだけど、協力してくれる?オーナー!橘君!!」
趣旨と言いながら何だか説明になっていない説明に協力するかと答えを求め、語尾
に力を入れてこちらを見つめるりさの眼力に、断れる隙はなさそうだと感じながら
もオーナーの方を向き直ると、
「協力は惜しみませんわ。私にできることなら」
と、穏やかに笑いながら即答して
「オーナーのそういうところが好きよ」
と、りさが美寿羽オーナーにウインクをしている姿を見て、やっぱり……と、心で
つぶやいた。
「じゃあ、橘君もOKだよねぇ」
オーナーに抱きついたまま俄然有利な態勢になったのをいい事に、いたずらっぽい
笑顔で、上目使いに答えを急かされ、
「断る気はありませんけど、趣旨はまっったく見えてないので、説明よろしく!!」
と、腕組みをしながら睨んで見せることで抵抗する他、俺にできることはなかった。
「もちろん!今からしっかり説明するから、怒んないでね」
美寿羽オーナーを盾に隠れる仕草でおどける彼女に、学園でのりさに対する第一印
象での不安と、胸の中に渦巻くもやもやとした思いは吹っ飛んだ。りさ先生と、今
なら素直に呼べる。
「俺は、明日には学園に戻らなければならないんです。今後のこと、早く相談して、
話進めなきゃいけないでしょう?」
「本当ですわ。私の事はさて置き、橘様の今後の事は、早急に決めなければ」
「大丈夫。計画はもう80パーセント出来上がってるの。そこに二人の意見と行動
力をプラスして完了!!って感じかな」
「用意周到で計画に俺たちを引きずり込んだって訳ですね?」
「橘君その言い方人聞き悪いなー!でもまぁそうだよね」
軽いノリ突っ込みを繰り返す様な会話の俺とりさ先生に
「りさ様、お話しを聞かせてください」
と、オーナーの静かな仲介が入った。
「あぁぁん!オーナーったら冷静ね。そこも素敵よ!あのね、学園に出入りしてい
て気がかりなことがずっとあって、それが私の専門の笑いや笑顔のことなんだけど、
この劇場に来る女の子たちの笑顔と、学園の生徒の笑顔の違いがどうも引っかかっ
てね。机をたたいて笑うなんてこと、学園の生徒たちは経験したことがないんじゃ
ないかと思って……そりゃあ、全生徒がそうではないだろうけれど、思いきり笑う
ことを知らない子は、ストレスのはけ口をひとつ、持っていないことになるわ。笑
って忘れられることも、笑ってわかりあえることも、笑うだけで沢山の効果や無限
の可能性がひろがることもあるもの。この間の学園祭では、演じることの楽しさと、
自分ではない人になることで、今まで知らなかった感情を得た生徒が沢山いたみた
い。カウンセリングルームで自分の個性を罪悪感のように話す子もいるの。悩んで
たり困っていても、感情の起伏をあらわすことを知らない生徒もいるわ。そこで今
回考えたのが、『お笑い出張ライブIN薫風学園』なのよ!」
自分の計画を一気に話し終えて、両手を腰に仁王立ちするりさ先生に、俺が質問す
る。
「大体の事はわかりました。男子禁制の薫風学園に芸人を連れていく為には、女装
は必須。そこで俺とオーナーが起用されたんですね。しかし、お笑いライブなんて、
学園が許可しますか?」
「薫風学園は、男子禁制以外は意外と柔軟なのよ。生徒の為になること、学園の未
来の為であること、この二つをクリアしていれば、大抵の事は大丈夫。でも、お笑
いライブを前面に押し出してはNG。表向きは、『薫風学園生徒の深層心理状態の調
査及び今後の心理カウンセリングでの生徒との対話に有効であり効果的な対応の為
の資料作成に必要な研究講演』って感じかな」
「りさ様の専門分野を有効活用する訳ですのね。薫風学園首席卒業の脳神経外科医
の言う研究講演を却下する方は、学園にはいらっしゃいませんもの」
「お褒めいただけて光栄ですわ、楓様」
「話を戻しますけど、公園の予定日は?具体的にはどうすればいいんですか?」
「はいはい。橘君、急ぎすぎ!女性はもっと話しが脱線するものなの。気を付けた
方が良くってよ!!まぁ、今は男性でいいんだけど。講演は2カ月後、それまでに
出演する芸人にはお肌のお手入れと、しぐさや言葉遣いをみっちりオーナーから指
導してもらうわ。橘君への連絡はできるだけこまめにします。その間にリハーサル
を2回予定して、橘君にも東京に出向いてもらうようにするわね。学園側の了承は
私が取りますから、ご安心を」
「今更なんだけど、セキュリティー上の問題はないんですか?大勢の男を学園に来
させるなんて……」
「大丈夫。今回のライブは、学園内に特設ステージを設営して行いますから。学園
内だなんてわかんないと思うわ。あの広大な森の中のどこかに設営して、それが終
われば跡形もなく消えて無くなるんだから」
「えぇ!今回の為にステージをつくるんですか?」
「セキュリティーの事を考えて、学園以外の場所で開催するとなれば、生徒を守る
為の特別体制が必要になるわ。そのリスクと警備費用に比べたら、ステージをつく
る方がお安いって事」
「あぁ……まだ学園に馴染んでないんだなぁ」
「どっぷり馴染まれても困るわよ。新しい発想が出なくなっちゃう」
「橘様の本質が消えては本末転倒ですわ。私も理事長も橘様の素養が学園には必要
だと考えております」
「ありがとうございます。では、素材の味を無くさないように、橘遼平は、橘遼華
に変身して、学園に帰ります」
「ありがとねっ!遼平君。そして、宜しくお願いします。遼華様(笑)」
おどけながらドレスの裾を持ち上げて挨拶するしぐさの里中りさ先生に、同じよう
に挨拶を返すと、頭の中にはこれからの新しい企画への構想があふれていた。
「橘様、表情にパワーが戻りましたわね」
オーナーに言われて、わかりやすい性格なんだろうなぁ……と、自分でも少し呆れ
ながらも、学園に戻るのが、嬉しくて仕方がなかった。
少し顔見知りになった生徒達、理事長や浅葱教頭、夢香先生、みんなに会うことが
待ち遠しかった。
東京へは遼平に戻りたくて飛び出してきたみたいなもんなのに、これも一種の里ご
ころなんだろうか?
橘遼華・橘遼平・そのどちらもが自分であり、もう、無くせないモノになっている
んじゃないかと思った。
「遼平君、車で送るわよ」
「いや、歩いて帰ります。もう少し東京を満喫してこうと思います。じゃあっ!」
そう言って、二人の見送る部屋に一礼してドアを閉めた。
「走って帰りそうな勢いだけどねぇ」
「きっと本当に走っていらっしゃいますわ」
「ほんとだ!走ってる走ってる」
窓の下を走り抜ける俺を見ながら二人が笑っていることなど知らず、どこに向けて
いいかわからない期待感と、やる気を走ることで落ち着かせようとしていた。
学園の中ではこんなにも思い切り走ることはないだろうから……
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