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Powder パウダー
2P
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 若葉は三ヶ月前、仕事を辞めて海に近いこの街へやって来た。
目的もなくその日暮しをして、そのうち行き詰ったら、その時は死んでもいい、という気分だった。
ポストより寺社の数の方が多いようなここなら、お陀仏になってもなにかしら救済されるのではという思いもあった。
海開きを迎える前からサーファー達がボード片手に自転車で通り過ぎる姿はさわやかで、一方、崖らしい崖は釣り人と観光客に占拠されていた。死にたいなら、海ではなく海沿いの国道に身を投げた方がよほど確実に見えた(と言っても軽めの渋滞が常なのでそれもあやしいが)。
それでも一度、サーファーも犬の散歩人も見当たらない強風の日に、ひとり海を眺めていたことがある。不穏な雲行きの日だった。
「おねーさん、ハ−ロォ−ゥ」
そんな声が背中の方で何度も聞こえたので振り返ると、国道をはさんだレストランのバルコニーで、白いターバンを巻いたインド人らしき店員が白い歯を見せて手を振っていた。海を眺めながらエスニック料理が食べられるというその店はちょっとしたタージマハ-ル風建物だったので、その三階で彼が手を振る光景は、レトルトカレーのパッケージのようだった。
以前恋人と暮していた街では、人身事故でJRや私鉄が止まるのは日常だったが、この街を海沿いに走るのは二〜四車両の単線電車で、対抗車両の待ち合わせもあり、スピードもスローで、ホームでも踏切でも飛び込むタイミングを合わせるのは、よほど器用でないと難しそうだった。
若葉がこの街で唯一、死の臭いをかいだとすれば、猫の存在だった。若葉の暮すハイツのごみステーションと隣家の塀の隙間に、手のひらサイズの猫4匹が寄り添っているのを見つけた。四兄弟らしき子猫のうち、一匹の片目がなく、傷口に血の跡が残っていた。
水か食い物をやろうかと思ったが、容器を探しているうちに、彼らの姿が消えていた。
塀の隙間にひそんでいる親猫と目が合ったのは三日ほど後のことだ。若葉が動くと警戒する様に身をかがめ、しばらく窺うような目で見ていたが、親猫はぷいとどこかへ消えた。母猫は毎日、安全を確認してから子猫を運んできて、またある時間がくると迎えに来ていたらしい。若葉にとっては平和極まりない土地柄でも、生まれてまもない猫たちは、カラスやトンビ、自動車やバイク、人間相手に、常に命の危機にさらされているということだろう。
 猫との邂逅の翌週、知人が何年かぶりに連絡をよこしてきた。別の友人に携帯番号を聞いたらしかった。
「俺、癌なんだ」
 開口一番、それだった。見舞いに行こうかと言うと、「や、生活は変わらずなんだ。手術するかどうかも、会社のことも含めて今後どうするかも、考え中だから」と語尾をにごらせる。「大丈夫なの」と問うと、「セカンドオピニオンが・・・」などと詳細に話す割には、どの程度命に関わるものか、切迫したものなのか言明しなかった。
「時々、こうして聞いてもらっていいか」
 黙っていると、相手は続けた。「お前の方も、いろいろ大変だったそうじゃないか、今、仕事は・・・」
 これから電車に乗るからと断り、若葉は電話を切った。
この街へ来るずっと前、若葉の方で相談したいことがあった時には繋がらず、留守電にメッセージを入れても返事も来なかった相手だった。

 ここ三ヶ月の若葉は、4〜5週間に一度、二駅離れた都市銀行に通帳記入しに行く以外は、半径1〜2キロ以内で暮している。小学生時代の夏休みでも、これほど自由はなかったように思う。ラジオ体操に朝顔のスケッチ、宿題、昼のそうめん、プール教室、犬の散歩、夕方の庭の水撒き、買い物のおつかい。
区役所の勤めには特にストレスを感じていなかったし、定年まで勤めることに疑問を持ったこともなかったのに、いざ辞めてみると、果てしなく制約のない毎日が海のように広がっていた。唯一、若葉を縛るものといえば、日毎に分別設定されたごみの日と、家賃光熱費等々の支払い期限、そして頻繁に発生する光化学スモッグ(外出注意報が出る)くらいだろうか。
働かずに一日過ごしてぶらぶらすることは、やってみるとさほど大それたことではなかった。高齢者が多く、平日でも観光客を見ない日はないこの地では、特に。
若葉は路地の古道具店を覗いたり、寺院で絵馬に書かれた他人の願い事を眺めたり、地元の収集家が趣味で自宅を開放しているミニチュア博物館には何度か通っている。展示方法に素人臭さはあるものの、コレクションの中味は正統派で、ヨーロッパで四世代に受け継がれたというドールハウスや、江戸後期以降の雛道具、からくり玩具など、精巧で繊細なミニチュアが二階建ての民家に所狭しと飾られていた。もとは誰かの(同時代なら身分違いだったはずの)持ち物であったものが、膨大な歳月を経て、ショーケースの中でひしめいている(それも、軽い地震で簡単に壊れてしまいそうな危なっかしい陳列で)様子は、なにか果てしない世界観を発散しているのだった。
 もっと頻繁に訪れるのが、図書館だ。何人も予約待ちの話題の本を順番待ちするのも時間つぶしとしては有効だったし、漱石や三島など、学生時代に教科書でしか縁のなかった文学にも手を出していた。『巌窟王』や『トム・ソーヤの冒険』など、子供時代に読むはずだったものを初めて読んだりもした。文学の中の人物は、孤独だったり死を意識したり失恋したりしていて、若葉に優しかった。図書館の帰りには、駅前の小さな喫茶店『Blanco』に寄って、プリンを食べながら借りた本を読む、というのがお決まりのコースになっていた。

 矢内原にプリンを半分譲った昨日も、図書館の帰りだった。

***********

 起きてすぐ、浴室の窓から覗くと、庭の物干しには黒っぽいシャツ、白いTシャツにタオル、靴下などが干してあった。それらは昨日の矢内原の服装だった。窓は網戸にはなっているが、室内の様子は窺えない。
その日、若葉は衣装ケースの圧縮袋から小花柄のスモックブラウスを取り出して、久しぶりに袖を通した。学生時代の新学期を迎える気分だった。
いつもはろくに梳かさずにゴムでひとくくりにしていた髪も、側頭部の髪を後ろで留めて耳を出し、前髪を横に流してみる。
出かける段になって、手持ちの靴がそのコーディネートにそぐわないことに気づき、玄関でぼんやりしていると、突然激しい雨音が聞こえてきた。

 矢内原の洗濯物は、雨にさらされて物干し竿で揺れていた。ずぶ濡れのTシャツが、修業で滝に打たれる人の姿に見える。網戸が空いているのであれでは室内も濡れてしまうだろう。
雨脚が少し弱まっても、洗濯物が取り込まれる様子はなかった。当人は外で雨に遭遇して足止めをくらっているのかもしれない。若葉はタオルを鞄にしのばせて、服装はそのまま、足元はゴム草履で、ビニール傘片手に外へ出た。
図書館へ行く前と帰りの両方、『Blanco』を外から覗いたが、それらしき姿はなかった。食品スーパーで野菜や果物、シーチキンを買って、帰りにミスタードーナツで飲茶を食べ、書店に寄って郵便局のキャッシュコーナーに並んで二万円を引き出して、ゆっくり境内を抜けてハイツへ帰るまで、二時間近くうろついていたことになるが、結局矢内原の姿を見ることはなかった。久しぶりにはいたサブリナパンツは跳ね返った泥水で、裾が汚れていたし、小花柄のブラウスは汗と湿気にまみれていた。
服を脱ぐより先に、若葉は浴室の窓からアパートを覗いた。庭にあった洗濯物が消え、窓も閉じられていた。電気がついているのかどうかも分からなかった。
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