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新しい道 〜アルテミスへ・・・〜
2P
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「新しいプロジェクトで、帰りがわからないから、帰宅前に電話する。自分のペースで過ごすといいよ」
朝食を摂りながら、妻に話す小さな嘘に気を使う、ぎこちない自分が居た。

「そうですか、無理なさらないでね。じゃあ、朝食に腕を振るわなきゃ。」
そういって私のお気に入りの笑顔でカップにコーヒーを注ぎ足した。
こんなにも自分中心で居てくれる妻の為にも宮崎氏に早く会って、真相を聞きだしたいと思った。
それ以上に、嘘をついていると言う罪悪感から開放されたいからなのかもしれない。
彼なら、平凡な日常を覆す様な、想像を絶する答えを用意していると、子供の様にワクワクしていたのも事実だ。
それからは、仕事が早く片付くと約束の場所に出向いた。あの約束をしてから10日が過ぎようとしたある日新しいメールが届いた。

田口 進也様
昨日は残念でした。私が表から中を覗いた時、
席を立たれる所だった。
お気づきになるかと思ったんですが・・・
宮崎 孝明

お気付きになるかと・・・
そんなに近くに居たのか?
毎回注意深く周りを見てから、席を立つようにしていたのに・・・
こっちが気付かなければ、声を掛けないつもりなのか?
昨日の映像を頭でリプレイしてみたがそれらしいスーツ姿の男性には、皆連れがいたし、宮崎氏ではなかったのは間違いない。
「どうかなさったの?」
妻の声に我に返った。
「トラブルでもあったの?」
心配そうな声に、自分の表情が硬いのが分った。
「いや、大丈夫。解決済みのトラブルの報告だよ。」
また、嘘が増えた・・・
「お茶でも飲みません?」
そう言ってリビングに向かう妻に誘われ、PCの電源を落とした。
何を躍起になってるんだろう?
この勢いが、宮崎氏を遠ざけ、声をかけるのを躊躇わせたのかもしれない。
頭の中の単語を一つ増やすぐらいの心積もりでゲーム参加する事にしよう。
妻の入れた紅茶から、ブランデーの香りがした。
「よく眠れますように・・・」
彼女はそう言ってから、微笑んだ。


それから3日後
待ち合わせの場所で、ゆったりと椅子に座り、目を閉じていると軽く肩を叩かれた。
叩くと言うよりも手を添える感触に目を開けると見慣れない色のワンピースが見えた。
視線を上に移し顔を確認して、思わず言葉に詰まった。
私を困惑させた張本人は、
ワンピースの色とよく似た色の唇に人差し指をあてて、少し微笑むと、一言も話さずに、背中を向け、ゆっくりと歩き出した。
慌てた様子を周囲に隠すように、私もそのワンピースの後を追った。
その後姿は、私との距離を確認することなく、歩き続けた。
ビルの隙間にある、都会の寂しさを癒す為の公園に辿り着いた。
街灯が照らす人気のないベンチの前で、私の方に向き直ったと同時に、
「驚きました?」
と、首を傾げて言ったのは、口調こそ女であったが、綺麗な女性を演じる、宮崎氏だった。
言葉が見つからない。
自分の中の想像していた展開が、こんなにもはずれた事は、ビジネスでも日常でも経験した事が無かった。
「結構サマになってませんか?」
少しポーズを取る宮崎氏に、頷くのが精一杯だったが、ぎこちなさが無く、違和感も感じないのは確かで、どちらかといえばタイプの女性の部類に
判断しているのは、きっと表情に出ていると思った。
「ちょっと待ってて下さい。」
そう言うと、一つ向こうのベンチに座った女性二人組みの所に足早に歩いていくと、なにやら会話を交わし、その女性二人が、こちらに会釈した。
つられて私も会釈を返すと、3人は連れ立って私の視界から遠ざかった。
待っていてくれと言ったのだからとベンチに腰掛けて、空を見上げた。
これからの事は想像しない事にした。
5月の夜風が、汗をかいた首筋に心地よかった。

10分もしないうちに、スーツ姿の宮崎氏が私に向かって歩いて来るのが見えた。
既に街頭に照らされた宮崎氏は、私の知っているビジネスマンで、唯一違う所と言えば、かすかに妻と同じ化粧を落とした後の香りがほんのりと残っている事だろう。
しばし頭の中で女装が得意になるビジネスを考えた。
「役者さんですか?」
自分の中で宮崎氏の女装の完璧さを納得させる答えを見つけ出せた途端に
声にしてしまった。
「それは褒め言葉と解釈していいんですか?」
「もちろん。いやぁ奇麗でしたよ。本当に。」
「まったくの趣味の域で、残念ながら役者ではありませんが。」
「ほう、演劇が趣味なんですか。どうりで化粧なんかにも詳しい訳だ。」
「いえ、単なる女装趣味ですよ。」
「あ・・・はぁ・・・・・」
聞きなれない趣味に今までの会話が頭から消えてしまった。
「大丈夫です。夜は長いし明日は休日でしょう?ゆっくりお考え下さい。何でもお答えしますよ。それとも、ここでお開きにしますか?」
「いや、どう言えばいいんでしょう・・・」
「ビジネスではないんですから、と言っても無理ですね。
では、私に興味はありますか?」
「えぇ。私はこう見えて好奇心旺盛なんですよ。ビジネスは、ポーカーフェイスが鉄則の業界ですから、表向きは何事にも無関心で、冷静を装っていますが・・・」
「思った通りだ。場所を変えて話しましょう。奥様には連絡してあるんですか?」
「まぁ、曖昧な理由ですが・・・」
「今夜は長くなりそうだから、私から奥様に電話しましょう。いいですか?」
嘘が苦手なところまで見抜かれているようで、かなわないなと思いながら、言われるままに携帯で自宅に電話し、宮崎氏に変わった。
「こんばんわ、先日の晩餐会では、お会いできて光栄でした。先程残業帰りのご主人とばったりお会いして、私がお誘いしたんですが、奥様の了解が取れたら付き合ってくれると言われたんですよ。今晩だけ、お許し願えませんか?」
その台詞の後に、少し談笑するほど会話を弾ませて、私に携帯を返した。
「よろしければ、お連れになっても私は構いませんわよ。」
「いや、少しお付き合いしたら帰るつもりだ。気にせずにおやすみ。」
「ビジネスではないんでしょう?」
「あぁ。まったくのプライベート同士だ。」
「明日はお休みですもの。久しぶりの息抜きになるとよろしいわね。私も一人の時間を楽しみますから、お気になさらずにね。」
電話を切った後、妻の笑顔の為に、この展開がある事を再認識し、宮崎氏のあとを追い、公園をあとにした。
2P
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