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新しい道 〜アルテミスへ・・・〜
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「男性には分りませんものね」
この一言が私の中にこうも残るとは思いもしなかった。

取引先主催の晩餐会に招かれ妻を伴って出席するのもこのところ珍しくなくなった。
家族を大切にする事が当たり前にこなせる、海の向こうの器用なエリート達と、何気なく会話を弾ませる事にも慣れてきた自分に、少々辟易しながらも私に寄り添う柔らかい笑顔を守る為に、何とか続けてきた。
今回の招待も、突然の予定ではない。
2週間も前から指定された時間。
それもプライベートなものではない事も承知の筈だ。
「そろそろ行こうか・・・」
言葉に感情が入らない様に、十分に気を付けて時間を促したセリフに妻は、ふんわりと寂しさをのせて、
「男性にはわかりませんものね・・・」
と、つぶやくように返した。
人前で着飾った自分を見せる事が好きであるご婦人が競い合うパーティー会場で、私の面目を保つ為にドレスを選び、メイクをし、笑顔を絶やさぬように気を使う彼女の気持ちの重さは本当に良くわかる。
それとは別の意味が込められた、「男性には」の部分がどうしても消せない。
ドレッサーの前に優に2時間は座り、毎回何を思っているのか・・・
姿見の前で何着もの衣服を並べて眉間に皺を寄せている彼女も何度となく見ている。
けれど、声を掛けてあげられることもなく、毎回時間を促す自分がいる。


パーティー会場のホテルに到着し、何度かグラスを交換してもらった頃、一人の男性と話がふくらみ、仕事を忘れそうになった。
とても心地良い雰囲気を持ったその男性は
「お一人ですか?」
と、連れ合いがいる事にまで気を使ってくれた。
私が視線を妻の方に向けると、少し微笑んでから視線の方向に歩を進めると、隣のテーブルの横で当たり障りのない表情を作ってご婦人方と談笑する事に疲れている妻を親しい間柄を装って、こちらに連れ戻してきた。
いとも簡単に、ご婦人方に笑顔さえ向けさせる器用さで、それは、波が砂をさらうように見事な物だった。
そして彼は、妻と私の入り込めないに話題に花を咲かせた。
「このドレスに合う口紅は難しいでしょう?」
こんな話の切り口に妻は、切り返せるのだろうか?
「そうなんです。思っていた色が合わない事が悲しくて・・・」
私の心配をよそに、全く臆することなく妻も言葉を継いだ。
「そうなるとアイメイクまで変えたくなったり?」
「でも時間が無くて・・・」
「この会場に出かけなくて良い理由を考えたりして(笑)」
「部屋から出られなくならないかしらなんて(笑)」
会話を文字にすれば、若い女性のカフェでの会話のようにテンポ良く、嫌味のない微笑ましいものだった。
「大丈夫!よくお似合いですよ。チークの色でキチンと全体が整っていますから。」
こんな褒め言葉が、嫌味なく聞こえる事があるんだなぁと妙な関心をしていると、
「有難う御座います。お世辞でも気持ちが軽くなりましたわ。」
と、明るい妻の声が耳に心地よかった。
妻の本当に心が軽くなった表情を見ると、心からの安堵感とは裏腹に、また、さっきの言葉が脳裏に浮かんだ。
「男性には、わかりませんものね。」
今の会話にはこの言葉が当てはまらないように感じた。
この男は男性ではないのか?
私とどこが違うんだろう?
もしかして勤務先が化粧品会社だろうか?
それとも美容関係の企業だろうか?
改めて交換した名刺に視線を落としたが、大手IT企業の社名とまずまずの肩書きと「宮崎孝明」という名前が印刷されているだけだった。


「ちょっと、失礼しますわね。」
そう言って妻がその場を外した時に我慢できなくなり、宮崎氏に尋ねた。
「男性とは思えない会話に驚きましたよ。妻の機嫌が良くなったようで感謝しています。どうしたらあんなに女性を明るくしてあげられる気の利いた会話が出来るんですかね?是非とも、お教え願えませんか?」
ゆっくりと話しながらも、今の二人の会話に興味が隠せない、私の心情は伝わっただろう。
「お困りなんですか?大切な女性に、何か言われましたか?」
次の言葉をこんなに話しやすくする相槌の台詞に本当は聞かなくても伝わっているような表情を見ながらも話を続けた。
「お恥ずかしい事に、今日は出掛けにチクリとやられましてね。男性にはわかりませんものねって一言でしたがね。」
よくも初対面の相手に、それもビジネスの場で出会った男性にこんな質問をと頭のどこかで考えていた事も確かだが、それ以上の衝動に勝てない自分がいた。
「それはいけませんなぁ。これから長くお付き合いできる方だと見込んで
後日お教えしましょう。ここではちょっとお話し難いので・・・奥様ももう、帰ってらっしゃるでしょうから、宜しいですか?」
「わかりました。楽しみに連絡お待ちしております。」
「ええ。必ず。社交辞令は嫌いですから。」
手に持ったシャンパングラスをウェイターに手渡しながら、軽く会釈をする宮崎氏の目に、後日の返事は確かなものだとビジネスマンの勘が働いて、今この場がビジネスである現実にはっきりと引き戻された。
その後は同じ会場でビジネス展開する宮崎氏を横目に自らもいくつかの商談の糸口をつかみ資料収集の為に、早々に家路に着いた。

帰宅してから、シャワーを浴びて、冷たい水をグラスいっぱい飲み干した。
リビングを覗くと、ソファーに身体をあずけて、ぼんやりする、妻が見えた。
しかし、ぐったりと疲れた、いつもの彼女ではなく今までになくにこやかで満足気な表情が伺える。
私自身もこれからの新しい展開を思わせる予感に懐かしい感情が甦ってきた。
何もかも挑戦する事ばかりのあの頃に戻ったような研ぎ澄まされた感覚が、静かに心を満たしていった。

書斎で資料の収集を始めようとPCを立ち上げると、一通の新着メールが受信されていた。
こんな時間に、何かのトラブルかと、慌ててアドレスを見ると、今までに見た事もないアドレスであった。
takaaki-miyazaki  「宮崎孝明」
急いでクリックした。

田口 進也様
久し振りに私と同じ目をした方にお会いできて本当に楽しい時間でした。
お約束は必ず守ります。このメールがその証です。
といってもお互い多忙なビジネスマンです。だからといって、ビジネスのように時間を割いてスケジュールに組み込むのは、なんだか味気ない気がします。
そこで私からの提案です。
堅苦しい約束はせずに、お互いに時間が出来たら、仕事帰りに帝都ホテルのラウンジで30分休憩をする事にしましょう。
そして、二人の時間が合って、お会いする事が出来たら、その時にお話しすると言う事に致しませんか?
ちょっとしたゲームを楽しむ感覚で、私にお付き合い下さい。
そのお礼に、どんな質問にもお答えします。
では、会える日を楽しみにしています。
宮崎 孝明

ビジネスでは無いと言う事が、読み取れる文面がこんなにも自分にとって心逸るものだとはこのメールを読むまで、忘れていた。
気負いの無い約束を、簡単に思いつく事にも、もう、それ程驚きはしなかった。
それよりも、返信のメールの文章をどんな物にしようか、考えている自分に苦笑した。
その割には、気の聞いた言葉の一つも思いつかず、異性に初めて書く手紙のような、素っ気無い文章に収まった。
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