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新しい道 〜アルテミスへ・・・〜
3P
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通りに面したお洒落なカフェは、休日前のOLやカップルで華やかでまぶしかった。
その中の空いた席に座る宮崎氏に、少しとまどいながら、視線を向けると、
「スーツでこんな所、それも男二人でなんて、私もはじめてですよ。単なる思い付きです。ここで私が知っているのは、田口さん、あなただけです。あなたの知り合いがいない限り、この店で私達に関心を示している人もいないと言う事です。」
言われて気が付いたが、みな、明日からの休みの話や、これからの長い夜の話で、周りの事など見えている風なそぶりではなかった。
周りを気にせずに会話が出来るという事で、今までの妙な緊張感が、どこかに消えたようだ。
程良くにぎわう店内が、良い具合に声をかき消して、大胆な質問もさせてくれそうな雰囲気さえ感じた。
テーブルに運ばれてきた、冷えたスパークリングワインで、お互いに疲れをねぎらいながら、一息ついた。
「私もあなたと同じ事を悩んだ事がきっかけで、女装をしてみたんですよ。」
先に本題を切り出したのは宮崎氏であった。
「私と同じ事??」
「えぇ。私の場合はもっと手ひどく言われましたが、まぁ、あれです、一生懸命優しくしても、こんなに気を使っても、女性が満足しないのは、自分が男だからという結論に達したんですよ。じゃあ、女性に近づけば少しは謎が解けるんではないかと考えたんです。女性イコール化粧!そこからのスタートです。謎を解明する事が好きで、負けず嫌いこれがそもそものはじまりと言えばはじまりです。」

私も出来る限り、妻の立場に立って物事を考えてみたが、男と言う性別のままだった事に、今、気付いた。
妻のあのセリフが持つ本当の意味は、これだったんだ。
「でも、どこで化粧をしてみたんです?化粧品を買い揃えるのも大変でしょう?」
意味が分かった途端に、自分もなんだか違う方向に話を進めていると感じながらも、答えを急がずにいられなかった。
「そうです。結構悩みました。答えはビジネスの中に紛れ込んでいました。
私は今、企業の中でもWEB制作の担当でしてね。その制作依頼企業の中に、答えがあったんです。」
過程よりも答えを知りたがる私を、じらすような宮崎氏の会話がもどかしかった。
「やはり化粧品関係ですか?」
自分から核心に踏み込んだつもりが、
「もっと的確でした。まさに直球のストレートですよ。」
と、うまくかわされた。
「なんなんですか?もったい付けずに教えて下さいよ!」
私の我慢も限界に達して、もはや懇願するような面持ちだったに違いない。宮崎氏が、満面の笑みで答えた。
「女装サロンです。」
噂話を肴に飲む人とは思えないが、素直に納得出来る答えではなく、
「本当にあるんですか?それもWEBサイトまで作る所が・・・なんだか言葉から想像するイメージでは、限界がありますねぇ。」
と、疑いを口にする他無かった。
「私がそのWEBサイト制作者なんですから、嘘じゃないですよ。それに、先ほどその眼で見たでしょう?実際に。」
今でも少々信じられない現実であったが、その通りである。
そう言えばあの時の2人の女性は何だったんだろう?
思う間もなく、口を衝いて出た。
「あの2人の女性は・・・」
「そのクラブのスタッフです。あの可愛らしい女性達の様なスタッフばかりの綺麗なビューティーサロンを想像すればそこが本当の女装クラブです。」
その時自分がどんな顔をしていたかが、宮崎氏の次の言葉でわかった。
「興味がおありのようですね。しかし、そのクラブは、完全予約制の飲酒禁止と言う決まりがありましてね、今からは無理ですから、雰囲気だけでもと言う事で、スタッフの女性に、お話だけでも聞きますか?」
明らかに、二人とも子供のような懐かしい気持ちで、新しく見つけた秘密基地を共有するようなノリだった。
見つけた秘密基地を自慢する子供と、早く見たくてしょうがない子供が答えを出すのに、時間はいらなかった。

宮崎氏は、席を立ち店の外に出て携帯を取り出した。
少しばかり話した後、すぐに又、私の前に座った。
「今からオーナーが来てくれるそうですよ。」
そう言って笑う宮崎氏に、何と答えていいかわからず、曖昧な表情を返して、ワインを口にした。
どんな人が来るんだろうか、オーナーと言う人が全く想像できない私を、宮崎氏は楽しそうに眺めていた。
その楽しそうな表情に、どんな人か聞くのも癪に障り、何とか自分の中で想像してみた。
しかし、自分が取引をする企業のオーナーは、男性がほとんどなものだから、女装が趣味の男性の他、全く想像が出来なくなっていた。
いくつかの料理を堪能し、お互いの今までを少しばかり話した頃に、宮崎氏が店の入り口に向かって手を挙げた。

会釈をしながらテーブルに歩み寄ってきたのは、本当に奇麗な女性だった。
何もかもがあまりにも自分の想像と違いすぎて、目の前にいる人は、宮崎氏の言った、オーナーではないのかとも思ったが、
「アルテミスオーナーの美寿羽 楓と申します。今日はお二人のお夕食にお誘い頂いて、ありがとうございます。」
そう言われれば、もはや、信じる他無かった。
しかし、しばらく新しい料理をつまみながら、宮崎氏とサイト構築のあれこれを話す二人の会話を見て、本当に女性らしい柔らかな物腰と、凛とした表情のギャップに、彼女が持つ地位が見て取れた。

「すみません。つい、お仕事の話をしてしまって・・・」
無表情に二人を観察していたとも言えず、
「ビジネスには興味がありますから、私も勉強になります。お気遣いなく。」
と、ごまかすのが精いっぱいだった。
「少し前から田口様の事は、宮崎様からよく伺っているんですよ。とても楽しそうにお話だったので、お会いできるのを心待ちにしていたんです。」
「どんな風に聞かされていたんです?変わった奴と知り合いになったとか?」
「いいえ、仕事人間ばかりだと思っていた自分の周りに、人間味のある優しい人がいたと・・・ねぇ、」
そう言って彼女が視線を宮崎氏に向けると、
「そんな事より、可愛い奥様の為に、核心に迫らないと。」
と、宮崎氏には珍しく、なんだか照れているのがおかしかった。
せっかく水を向けてくれたので、今がチャンスとばかりに、彼女には悪いと思いながら、沢山の質問をぶつけた。
なんでこんなにと自分でも驚くほど、矢継ぎ早に質問を並べる私を、優しく微笑んでいる彼女に、この手の質問には、きっと慣れているんだろうと感じたと同時に、それでも優しく微笑む彼女が、自分と同じような男の、理解者として必要なんだろうと思えた。
そして、すらすらと質問に答えてくれた。
「当サロンは、完全予約制で、利用規則も大変厳しいものですから、ご利用されるゲスト様の純粋さが違います。話の種にとか、酔った勢いというものがありません。ですから、初めの一歩を超えるのに、いろんな意味で自分と向き合う方も多く、純粋な方ばかりです。ファッションやお化粧にとても関心がおありになる、センスの高い方や、宮崎様のように完全な女性の視点に立って自分の考えを変えてみたい方、でも、共通する事は、本当に心根のお優しい方ばかりと言う事ですね。」
利用時間や、規約など、どうでもいいと思いながら質問に加えた事は、見事に省いて、私が知りたい部分だけを答えてくれた事に、彼女の高い人間性が見えた。そして、
「男性、女性に限らず、美しいもので自分を着飾ることの素晴らしさや、自分らしさを見つけるお手伝いがしたかったんです。特に男性に、それを実現する場所が無かったから、このサロンをオープンしたと言う感じです。宮崎様がその必要性をお感じになれば、いつでもご連絡下さいね。私をはじめスタッフ一同で、宮崎様の求めるものを見つけるお手伝いをさせて頂きます。」
と、まっすぐに視線を向けられた時に、今度はどんな嘘をついて、家を出ようかと、思案している自分がいた。



もはや、妻の為ではなく、自分の心の奥にある自分を探す為に、新しい道に進む覚悟があった。
子供のころ、学校からの帰り道に親に言われた道ではなく、友達の教えてくれた道から、はじめて家路につく感覚に似ていた。
新しい道に進み始めるのは、不安と罪悪感が心のどこかにあって、一歩目にブレーキがかかる。
そのブレーキを外す時には、信じあえる出会いが必要だとわかった。
新しい道は、家路ではく、「アルテミス」と言う可能性に続いている。
そこでの私の可能性の開花を、これから少しずつ、お話ししていきましょう。
3P
Fin
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