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チョコラ
4P

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5、6年前、石野真夜から最初に年賀状が来た時、妻はハガキと僕の顔を見比べて、もの言いたげな表情を見せたものだ。
夕立に気付かず洗濯物を取り込まなかった僕を非難する顔を5、6倍に希釈したような、妻といる時に携帯にメールが届き、その場では相手に返事を打たずにいる僕をちら、と窺う顔を2、3倍濃くしたような、そんな表情。
 オレオレ詐欺ではないが、たとえば突然の電話で「私だけど・・」と言われたら、男なら数秒考えるだろう。あの年賀を見たときの僕も同じだった。
石野夏生の年賀状はたしかに、不自然だったのだ。
送り主の住所が、その年々で郵便局の局留めだったり、私書箱と書いてあったのだから。

 それでも、何年も経つうち、謎は保留のままで特に差し支えなくなった。ふぞろいのままの『三国志』みたいなもので、真夜からの年賀状に対する関心や不安は、いつの間にかしぼんでいったのだ。
 石野真夜には、それが面白くなかったのだろうか。

 手近にあった電気料金払込取扱書(開封したら、すでに支払期日を過ぎていた)の封筒の裏に、僕は書きだしてみた。

・ 妻がミシンを借りにゆくと実家へ向かった日=a
・ 真夜から「ブログはじめました」メールが届いた日=a+二週間
・一人暮らしの部屋を借りるので保証人になってほしい、と妻から書類が届いた日=b(a+約3週間)
・ 真夜から「ブログはもう見てくれたかな」メールが届いた日=b+2日
 
僕は最後の一行を書いた。
・ゆえに、真夜≒妻?

もし、石野真夜を名乗っているのが、妻のさえら本人だったとして。
年賀状も全部、最初から妻が送っていたのか、それとも年賀状で見た石野真夜の名を使って、妻がブログを立ち上げたのか。
いずれにしても、何の理由で?
気付いたところで、僕はどうすればいい?
          
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 真夜のブログには、その後もコメントを書き込んだ。

Posted by 僕も後藤さんの同級生です
二十二歳の時の、小学校の学年同窓会には出席されましたか?あの時、後藤さんも来ていましたが。


 数時間後に、コメントへの返事が載っていた。

Posted by 真夜
もちろん、参加しました。後藤さんは相変わらずキュートでしたよね。白地にクジラがプリントされたワンピースに黒いカーディガンがとっても似合っていましたね。あれ、ピンクハウスかパウダーの服だったのかな。


立食スタイルだった同窓会の会場に来ていた女子の多くが、葬式帰りのような黒い服を着ていた。より大人っぽく色っぽく見えることが、その年頃の彼女らには重要だったらしい(昔の面影が残っていた分、微妙だったが)。
さえらと談笑していた女子たちも、ヒールのある靴をはき、小さなブランドバッグを持っていた。洗いざらしのコットンを身につけたさえらは、ある意味、浮いていたかもしれない。あの時、十代で結婚、出産を済ませたという女子を囲んで盛り上がっていた。子供に「ノア」だか「トワ」とかいう名前をつけた話が出ていたのを、さえらは、微弱な笑みをたたえながら聞いていたものだ。

Posted by 僕も後藤さんの同級生です
真夜さんは、本当に後藤さんの服をよくチェックしていますね。そこまで熱心な「ファン」の存在を、後藤さんは知っていたのでしょうか。


 そう書き込んで一旦パソコンを終了すると、携帯に妻からのメールが届いていた。

 掃除道具のいいもの、通販でみつけました。


 ありがとう(^^)また詳細よかったら教えて

そう返信すると、すぐに電話がかかってきた。
笑っているらしいので訳を訊くと、僕が絵文字を打ってきたのがおかしいのだという。
「仕事では結構使うんだよ、文字だけだとキツイ印象になることもあるから」
「でも、似合わない」
 こちらがいい加減むっとくるまで笑い続けていた妻は、ふいに素に戻って話を変えた。
「同窓会のとき撮ってくれた写真だけど」
「え?」
「あなたが昔の話なんかするから、思い出しちゃったわ」
「ああ、昔の話」
「写真、同窓会のあとで焼き増しして送ってくれたでしょう」
「そうかな」
「あなたが私に送ってくれた写真って、4枚あったのね」
「4枚」
「そのうち2枚は、顔半分が切れていたり、隅っこで小さく写っていて赤目になってたし。普通は、はねてしまう写真でしょ」
「そりゃ・・・悪かったね」
「じゃなくて、そういうのを一枚にカウントして焼き増しして送ってくれたのが、意外で・・・」
 受話器の向こうで遮断機の下りる音が響いて、その先は聞き取れなかった。
「だから、あなたは、・・・・だと思ったのに」
電波の状態が悪くなったのか、雑音が混ざり、そのまま会話が成立しなくなった。
 真夜の話は、結局切り出せなかった。

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真夜のブログは、更新されて新しい記事がアップしていた。

 子供の頃、サンタクロースに手紙を書いたら、クリスマスに本物のサンタから返事がもらえるというシステム(っていうのかな)があったの、皆さん覚えていますか?
実際には日本のどこか、事務局に手紙を出したら北欧のサンタ村からエアメールが届くっていうものだったような・・・クラスの子が学校に持ってきていたけど、日本語じゃないから子供には読めなくて、案外物足りないような印象だったなぁ。
 でも、その話を聞いた友達が「うちの妹、そういうの欲しいだろうな」って言うから、サンタの振りして書いてあげようってことになったんだよね。内容はまぁ、「○○ちゃん、げんきですか。いいこにしてますか」みたいな普通の手紙なんだけど。
 最後に、サンタのサインもちゃんと(蕎麦屋さんの壁に貼ってある芸能人のやつみたいな、漢字をくずしたサインだけど)入れて(笑)。
 友達の妹は小さかったからバレなかったみたいだけど、今思うと切手もなしで郵便受けに入れたし、宛名もカタカナ(精一杯、日本語から遠いイメージに近づけたつもり)だったし、どっからどうみてもショボすぎ(笑)。
そうそう、去年の12月、Merry Christmas!ってタイトルのメールがてんこ盛りで来て、それ全部ウィルスメールだった。夢の代わりに悪意のプレゼント・・って、そんなもん送ってくんなよぉ。
大人になるってそんなもんですかねぇ。


Posted by 『僕も後藤さんの同級生です』
サンタクロースの代筆をした話、かわいらしくて泣かせますね。その手の話でいうと、子供の頃、年賀状を自分で自分宛に何枚か書いて出した覚えがあります。僕の家では元旦に届いた年賀状を家族それぞれの分で積んでいく(僕の役目でした)のを皆が見守るのがひとつの行事になっていて、自分のがあまりに少なすぎたので、なんか家族に対して気を遣ったというか。たとえば自分に届いたのが、同級生の女の子が親切心で?送ってくれた、蛍光ペンを使った賑やかな一通だけだったりしたら男子的にはイタいから、子供心に見栄を張ったんでしょうね。
だから、サンタの代筆話、ありだと僕は思いました。


「別人になりすまして出す手紙」について、理解を示したメッセージを書き込んだつもりだった。
けれど、数時間後、その書き込みに対しての返事ではなく、逆に僕への問いかけが載っていた。

Posted by 真夜
ところで、『僕も・・』さんは覚えているかな?後藤さんのランドセル。女子が赤、男子が黒のランドセルっていうので誰も疑問に思わなかった中で、後藤さんのは横長の、こげ茶色の革のものだったでしょ。
使い込めば深い色になるし、長く使うためにクリーム時々でお手入れしているの、って言ってたなぁ。その、「お手入れ」っていう言葉が、私にはとっても上等なものに聞こえたんだよね。後藤さんは体育の後に手や顔を洗った後、肌にベビーローションを塗っていたし。「こうしないと、かさかさになって、かゆいの」と言っていたけど、桜色のローションは、とってもやわらかな甘いにおいがした。『僕も・・』さんも、後藤さんのことを好きだったでしょう?


「好きだったでしょう?」と、真夜は直球を投げて来た。
僕は昔から直球が苦手だった。会社の先輩に頼まれて、草野球に出場したことがあったが、あの時も直球で見逃し三振だったはずだ。

Posted by 僕も後藤さんの同級生です
うーん(笑)。中学に入ってからは顔を合わせても、ほとんど会話を交わしたことはなかったけれど、小学校の頃は誕生日会に呼んでもらったことがあったかな。そこで、紅茶にジャムを入れるロシアンティを出してもらったのが、カルチャーショックでした(たとえるなら、黒船を見た江戸っ子状態(笑)でしょうか)。その紅茶のイメージが、後藤さんについての印象ですね。


真夜からのコメントはそれきり帰って来なかった。
その代り、Outlook Express の方に、メールが届いていた。受信したのは5分ほど前だった。

臼井君へ
中二の林間学校の、夜のレクリエーション
フレアスカート
これで、思い出した?
真夜

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