本当に、意を決するという感じで目指すショップに向かうために、今来た道とは逆に通
路を右折してまっすぐ進んだ。3,4歩、歩くと、右斜め前にさっきの婦人服売り場の
ショップが見えてきた。
「よし、今度こそ入るぞ」
周りの状況は、全く変わっていない。相変わらず、他の客はいなくて、店員もヒマ
そうだ。
そして1,2歩、歩けばショップの前に来るというところで、急に動悸が強くなり、顔
が熱くなってきた。
「あっさっきと同じだ。でも負けるものか。男の子だよな」
そして、心臓がドキドキして、顔が熱くなって、喉が渇き始めたが、まっすぐ歩いた。
そしてショップは、僕の右隣に位置した。
つまり、今、入れる状況だ。
いや、入らなくては、いけない状況だ。
これを通り越すと、本当に婦人服ショップの前をウロウロしている男性客、下手をす
れば、痴漢に間違えられるかもしれない。
「よし、今だ、入れ!!!」
そう思って、体を右側、つまりショップ側に回転させて、遂に入った。
「入った、遂に入った。よし、これからが本番だぞ」
入った瞬間、ショップの内装が眼に飛び込んできて、今以上に目の前が明るくなった。
一般に、婦人服フロアは洋服の色彩、デザインなどで他のフロアに比べると明るく華や
かだ。でも、ショップ内に入ると、さらにそれ以上の明るさや華やかさがあることを感
じた。
ショップ内の状況は、目の前の突き当たりにオープン・クローゼットがありパンツが吊
らされて陳列されている。そしてその右半分はパンツで、左半分はスカートのようだ。
その瞬間、「いらっしゃいませ」という店員さんの声が聞こえた。
店員さんは左側にいたようだ。この時、僕は店員さんと眼を合わせないようにした。店
員さんと眼を合わせることが怖かった。
きっと、今、僕の表情は緊張して硬い表情になっているに違いない、又、店員さんが僕
のことを良く思ってくれていればいいけど、怪しんでいると、それは目に表れる。そう
すれば、もうここに入られない。せっかく入ることができたんだから、せめてスカート
を見るまでは、ここにいないと入った意味がない。
又何故なのかは良くわからないが、目が合うと何か凄く恥ずかしいような気がした。で
も、遠目でわかることは店員さんが、僕のほうを見ている事だ。それは当然だ。他に客
もいないところに、ただでさえ目立つ男性客が入ってきたんだから。
ショップ内は横長の構造になっており、右側、正面、左側に商品の洋服が掛かっており、
店内はウインドウ・ボックスが二つあった。
僕は最初の作戦通り、パンツからスカートへの移行作戦と考えていたので、突き当た
り右側のパンツのコーナーに向かった。
パンツ・コーナーに向かっている最中に右側に吊らされている商品は、はっきりとはわ
からないが、裾が広がっている洋服があったので、多分ワンピースかドレスが吊るされ
ているんじゃないかなって思った。
でもドレスと考えるとすぐにそのコーナーには立ち止まれない。そう考えながらも、い
つかは是非あのコーナーも行きたいと思った。
そして、入り口からパンツ・スカートコーナーまでにはニットのような折りたためるト
ップスが、左右、二つのウインドウ・ボックスに陳列されていたような気がした。
「遂に、婦人服ショップに入ったのだな。でも、勝負はこれから。よし、いけるぞ。」
そのまま、僕はパンツ・コーナーに進んだ。
そしてショップの右隅に行き、その右から左に続くハンガー掛けの右端について、吊
られているパンツを軽く手に取ってみた。
でも、今日はパンツではない!
スカートなのだ!!!
スカートはこのパンツ・コーナーの左側半分にある。だからパンツ・コーナーであまり
時間をとらず、早々にスカート・コーナーに移ろう。
そう思い、軽くパンツを右手で触りながら、左肩にバッグをかけて、そのまま左側、
つまりスカートのコーナーに少しずつ寄っていった。
店員さん;「いらっしゃいませ」
店員さんが、当然のことながら話しかけてきた。二度目の「いらっしゃいませ」だ。
確か、僕の左側にいたと思ったのだが、右側にいてそこから話しかけてきた。
店員さん;「パンツをお探しで?」
僕;「えぇ・・・」
僕はパンツを見つつ、照れ笑いをしながら、恥ずかしそうに、少し小声で返事をした。
店員さん;「パンツは今、こんな感じのが多いですよ。」
店員さんは身長が160p弱くらい、やや、小柄な眼の大きいかわいい感じの20歳代の半ば
と思われる女性だった。
今日はスカートを買うと思っていたため、その店員さんのスカートがすぐに目に飛び
込んできた。
白い、裾にレースのついた、軽い感じの、プリーツが入っているふわっとした感じの、
凡そ膝くらいのスカートだった。
その瞬間に
「あっ、これいいなぁ〜。パンツよりもこのスカートがいいなぁ~。
ひょっとしてこれがふわゆれスカートってものかな〜。」
と思ったが、そういうわけにもいかず、彼女が勧めたパンツに眼をやった。
僕;「そうですね。春らしいですね。軽そうですけど、そういう生地なんですか?」
店員さん;「はい、麻素材で、軽くなっていますよ。」
といいつつ、僕はそのパンツからさらに左側のパンツに眼をやった。今、僕のいる位置
はパンツ・コーナーの右側部分。まだ、中央より左側にあるスカート・コーナーまで距
離がある。
だから、もっとスカート・コーナーに近づく為、店員さんには悪いが、勧められている
パンツに眼を見ながら、そこからさらに左側、つまり、スカート・コーナーに近いパン
ツを触れながら、それらのパンツに眼を送った。
そして、偶然、その左側に吊ってあるパンツも麻素材なのか、軽そうだった。やはり、
春は軽そうな素材が多いのかと感じた。僕はさらに、左側によってそのパンツも軽く触
りながら、
僕;「これも軽そうですね。やっぱり春は軽いほうが良いですよね。」
店員さんは大変、微笑みながら、
店員さん;「そうですよ。やっぱり春は軽いものをお召しになると、気分まで軽くなり
ますよ。何か、気分がウキウキしてきますよ。」
僕;「そうですよね。だから、僕も軽いボトムがいいんです。あなたのスカートも春ら
しくて、とっても可愛く似合ってらっしゃいますよね。」
僕はボトムと言った事に「ハッ」と思った。ボトムというとパンツとスカートの意味が
ある。今、パンツを見ているのに、ボトムということは相手にスカートも容認している
ように思われたのではないかと感じた。それが僕には、わざとだったのか、偶然だった
のかわからない。そして相手のスカートをほめた事は『パンツもいいけど、スカートも
いいですね。といったことになるかもしれない。』
そしてこの時、「ひょっとして、この雰囲気って、僕が『基本的にはパンツを見にきた
けど、スカートでもいいのがあれば、スカートでいいよ』って思われたかもしれないな
。」と感じた。
「もし、そうだったら、まずかったかな、ちょっと早すぎたかな。まずかったかな。
でも、しょうがない、言ってしまったんだから。」
店員さんは嬉しそうに微笑みながら、自分のプリーツ・スカートを両手で少し広げなが
ら。
店員さん;「ありがとうございます。このスカート、最近入荷したスカートなんですよ。
私たちスタッフの中でも人気なんですよ。このレースもとっても可愛いんです。」
僕;「本当にそうですよね〜。」
僕は彼女のスカートを見ていたが、そのスカートがあまりにも魅力的だったので、内心
もう、このスカートに決めようと思った。でも、あまり積極的に買うと「この人、スカ
ートを異常なくらい好きみたい、大丈夫なのかしら」って思われると変なので、「あく
までも自然体、衣類の1つにスカートがあって、それを買いにきた。たまたま、それが男
性だっただけ」と思わせたほうがいいな。又せっかく苦労して入店できたのにこれ1点だ
と嫌だな。もっと他にも見たいし、店員さんも優しいので良いものがあればこれをきっ
かけに他のも買いたいな。
僕;「本当に、可愛くていいですね〜。又、白って色が春らしくていいですよね~」
店員さん;「そうです。今年の春は、白のプリーツ・スカートが人気ですよ。」
僕;「又、このレースがついているスカートの生地も軽くていいですよね〜。」
店員さん;「は〜い。これってシフォンっていうんですよ。今、凄い人気ですよ〜。」
僕;「さっきのパンツも軽かったけど、あれとは違うんですか?」
店員さん;「は〜い。さっきのパンツは麻なんですよ。ほら、成分のところに、麻って
表示がね〜。」
と成分表を見せてくれた。その成分表示には麻100%と書いてある。
僕;「本当だ、でも手触りとかだと、軽さだとかだと、そのスカートのほうがいいです
よね」
ここで僕は思い切っていって言ってしまった。こういうと、遠まわしに、僕がスカート
を履きたいと言っているような表現だ。
店員さん;「そうですね〜。軽さはやはりパンツよりもスカートのほうが軽いし、又麻
は軽いけど、少しざらつき感はありますね〜。でもシフォンはそのざらつき感がありま
せんからね。
私もこのスカート、とっても気に入っているんです。お客様もスカート、お好きなんで
すか?」
と微笑みながら聞いてきた。
これにはドキッとした。つまり、「好きです」ということは、僕がスカートを履くとい
うことに感じられるかもしれないし、それは、ひょっとして変態と思われるかもしれな
い。
でも、「いや、僕はパンツは履くけど、スカートには興味がないから。」といってしま
えば、変に思われない。しかし、それだとパンツは買えるけど、スカートが買えなくな
る。今日はスカートを買いにきたのだ。買えなくなると来た意味がない。
どうしようか。間髪をおかず答えなくてはいけない瞬間だ。僕の頭の中に瞬間的にこん
な考えが頭をよぎった。
えい、もう、いける所までいってしまおう。覚悟を決めた。
僕;「はい、僕、スカート好きなんです。驚かれるかもしれませんが・・・すみません
・・・」
やった。遂に言ってしまった。スカートを肯定してしまった。これからこの店員さんは
どのような態度で接客するのだろうか?
ひょっとして急に冷たくなるかもしれない。
避けるようになるかもしれない。
今まで、何となくいい雰囲気できていたので、少し言い過ぎたかな。
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