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松田探偵事務所
- 困った面々 -
Stage2
4P
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横浜駅から徒歩15分。木造の2階建ての角部屋が僕の部屋だ。ここには就職した頃からずっと住んでいる。6畳しかないし、家具も最低限なモノしかないけど、僕にとっては心休まる城だ。探偵事務所から帰ってきてからも僕はずっと、上の空で急に起きた出来事を反芻ばかりしている。
あそこで、もしソフトクリームを買っていなければ。
あの角で前をちゃんと向いていたら。
ぶつかっていたときに、僕が頑丈な体だったら。
そして、
探偵事務所での出来事。
イタリアモノのスーツを着た一見ヤクザ風の変わり者探偵の所長さん。
メガネをかけた知的で、どこか冷たい感じのする日和さん。
見た目はカッコいい男性なのに、おかまさんらしい美麗さん。
今日はいろんなことが起こりすぎて、僕の許容範囲を超えている。頭が痛くなってきた。寝たら、今日いろいろあったことは夢だったなんてコトを祈って、早めにうすっぺらいせんべい布団に入った。

ほっぺたには派手なピンクが丸く書かれているおてもやんみたいな僕が、ヒラヒラなスカートを履いて誰かを尾行していると、その人が急に振り返る。それは課長で、僕のことを見てゲラゲラ笑っている。
僕はそこから逃げようと振り返ったら、誰かにぶつかられて倒れる。
すると、倒れた僕を囲むように人の輪ができて、どこにも見知った顔がいっぱい。印刷所でいつも嫌味ばかり言っていた同僚。高校時代にすれ違うたびに頭を小突いた先輩。いろんな人が僕を指差してあざ笑っている。僕は下を向いて泣いている。
もう消えてしまいたいと思った瞬間、右の手首を強くつかまれ、誰かが僕をその輪から救い出してくれた。影になって顔は見えないけど、大きくて、力強く握ってくれている。そして、そこから二人で走り出した。

実際にはありえないことなんだけど、やたらリアルな夢だったなと脱力していたら、もう朝の8時だった。急がないと9時の面接に遅刻する。僕は大慌てで顔を洗って準備を始めた。そして、部屋を出て行こうと点検をしているときに、留守番電話のランプが付いているのに気が付いた。
「1件あります。ピー
松田探偵事務所の松田です。今日返事待ってる。
午前6時15分20秒です。以上です。」

コレで、あんな夢を見たのか。
・・・ いけない面接だ。気持ちを入れ替えなくちゃ。

「今回はご縁がなかったようで・・・」
この数ヶ月で、僕はこの言葉を何回聞いたんだろうか。
遅刻ギリギリで受けた面接もやっぱりダメだった。
落とされるっていうのは、人間性を否定されているようだ。

面接を落ちたショックで目的も無く歩き回っていた僕は気がつくと昨日来た「松田探偵事務所」のビルの前にいた。

僕を必要としてくれるのは、ヤクザみたいな探偵さんしかこの世にいないのかも知れない。僕に探偵なんて出来るわけが無い。ただ、僕がぶつかってしまったせいで、尾行がダメになったのは、僕の責任だから、それをお詫びするために、なにか解決策はないか相談をしに来ただけだと自分を勇気付けて、階段を上がった。

コンコン

「はい。どちら様でしょうか?」中から日和さんの無機質な声がする。
僕はこのまま、帰りたくなって後ろを向こうとした瞬間ドアが開いて、倒された。
「いたっ!」
「真君!」
「所長さん」

「いや〜。ゴメンね。ノックしてから全然声が無いから、お客さん帰ったんじゃないか?って焦って。またぶつかっちまったな」
「いや、大丈夫です」
所長さんに手を引っ張ってもらって、起こされて中に入る。昨日と何にも変わっていない。

「でも、本当に来てくれて良かったよ」
と笑顔で言うと、僕のことを所長さんはぎゅっと抱きしめた。
その力が強すぎて息ができない。

「所長。真君、苦しそ〜ですよ」日和さんからの助け舟だ。
その一言で、所長さんは 僕の状態に気づいてくれて、手を離してくれた。
「ゼェ、ハァ」
ようやく、所長さんの腕から解放されて、僕は陸に上がった金魚のように、夢中で大きな呼吸を繰り返した。
「悪い。悪い。真君が来ないんじゃないかって心配でしかたなかったからさ」
「昨日から所長そわそわしっぱなしだったのよ。こんな大きいのがウロウロされて堪らなかったんだから」

僕が来ただけで、こんなに喜んでくれる人がいる。そのことが無性に嬉しい。
でも、ハッキリ言わなきゃ。

「あの、僕に探偵なんて無理なんです。ただ、昨日の尾行が失敗してしまったのも僕の責任なので、何かしら僕にできないかと思って、ご相談に来ただけなんです。事務の手伝いとか、力仕事とかなんでも」
一気に言わないと言えなくなると思って、勢いで言い切った。

「そうなんだ。
・・・オレはてっきり探偵になってくれる気になったんだって思っちゃったよ」
「ごめんなさい」
「ご相談って言われても・・・ 事務仕事は日和ちゃんで十分だし、ちっから仕事も真君のその体じゃね〜」
「・・・やっぱり、そうですか」
「昨日も話したけど、女装してもらって、尾行をやって欲しいことにはかわりないんだよね。他に当たれる人もいないしさ」
所長さんが上目遣いで僕を見てくる、180cmを超える大男に下から見上げられても。。。
「僕にはちゃんとできるか分かりませんけど、でも、それしか僕にできることがないなら、女の人の格好で尾行してみます」
「真君・・・」

4P
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