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恋じゃなくなった日
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無音の状態がしばらく続いてから、敦子さんから
「あの、今からちょっと時間あるかな?」
と聞かれた。失恋した僕は早く敦子さんの前からいなくなりたかったんだけど、敦子さんのお願いには逆らえない。そのままついていった。

敦子さんは東京タワーを降りると、タクシーを拾った。行き先は四谷。どこに向かうんだろう。
 
着いたのは、駅からちょっと離れた、落ち着いた感じのマンションだった。敦子さんは前をスタスタ歩いていく。小さなバックから鍵を出して、ドアの中に入っていくので、どうやら敦子さんの家みたいだ。どうして、僕を自分の家なんかに連れてくるんだろう。敦子さんが分からない。

敦子さんは戸惑っている僕を置いて、横の部屋に行ってしまった。どうやら、僕がいる部屋との2部屋の作りのようである。

敦子さんが、戻ってきてくれた。
「お願いがあるの、いいかな」
「はい?」
「まず、コレに着替えてくれるかな」
と渡されたのは、ピンクが綺麗な女物のワンピースだった。
「なんですか、これは!」
「買ったばかりのものだし、サイズもたぶんだけどOKだと思う」
敦子さんは他にもなにやら捜しているのか、僕に背を向けたまま、僕を見てくれない。

「そうじゃなくてですね」
無理やり、敦子さんを僕のほうに振り向かせた。
「お願い、着てみて」
敦子さんは哀願してくるような目で僕を見た。この目に僕が逆らえるわけがない。

敦子さんに背を向けながら、僕は着ていたものを脱ぎ、トランクス一枚に、それからワンピースを着てみる。サイズは敦子さんの言ったとおり、少しきついぐらいで大丈夫だったのだが、後ろチャックの閉め方が分からない。すると、敦子さんがスーと後ろに来てチャックを上げてくれた。そして、そのまま敦子さんがさっき消えた部屋に連れて行かれる。そこはベッドルームだった。敦子さんがいつもココに寝ているかとドキドキしていると、僕は鏡台の前に座らされた。
「敦子さん、あの、これはなんですか?」
敦子さんは、僕の問いを無視して、後ろでなにやらやらごそごそしている。僕は不安で仕方がない。

「ねぇ、アレルギーとかある?」
急に話かけられて、びっくりした。
「えっ! ありませんけど」
「良かった。じゃあ、ちょっと冷たいけどいくわよ」
と敦子さんは言うと、僕の顔に何かを塗りはじめた。もう敦子さんが分からない。

そして、剃刀が出てきたときには、僕の人生は終わったと思った。

気がついたら、敦子さんは僕のひげを丹念に剃ってくれていた。そして、化粧水やら何やらをペタペタ塗りはじめた。僕は剃刀ショックから言葉を発生なくなっていた。敦子さんは僕の顔をキャンパスのようにいろいろ塗っていく。なんか、僕の周りがお母さんの匂いで包まれているみたいだ。ピンクの口紅を塗られたときは、なんか油っこくって気持ち悪かった。
 
 そして、ストレートの長いカツラを付けられて、僕の目の前には、見知らぬ女性が座っていた。敦子さんに手を引かれて、先ほどの部屋に戻っていく。ソファに座って、お互い「はぁ」とため息をついてから、敦子さんの告白が始まった。

「ごめんね。変なことをさせてしまって。好きだと言ってもらえてとても嬉しかったの。でも、ごめんなさい。私はあなたを男性とは見えないの」
失恋したとわかっていても、改めて本人から言われると痛いな。

「私があなたと仲良くしたかったのには、理由があるの。ちょっとこの写真を見てもらっていいかな」
敦子さんは、そう言うと机の上から綺麗な写真盾を僕に手渡した。そこには、高校生らしい制服を着た敦子さんと、ワンピースを着た綺麗な女の子が写っていた。
「横にいるのが、慶子。私の3つ下の妹よ。もともとからだの弱い子でね。中学2年生の冬に亡くなったわ」
目が敦子さんは切れ長な奥二重、慶子さんは綺麗な二重の違いこそあれ、よく見れば、似ているかも知れない。
「ずっと入退院を繰り返していてね。友達とも遊んだこともない。恋も知らない可哀想な子だった。私は姉として慶子に何もしてやれなかった。化粧の仕方とかも教えたかったし、ショッピングにも行きたかった。旅行だって、恋の話だってしたかったわ。」
敦子さんは今にも泣き出しそうだった。

「あなたに会ったときはびっくりした。コピー機で困っているあなたを助けたときの嬉しそうな笑顔。慶子が病院で私を見たときの笑顔にそっくりだった。パーツ1つ1つは似ていないかも知れない。でも、雰囲気がとても似ていた。あの子が大きくなったらこんな顔になっているんだろうなって思ったわ。それからはあなたのことを慶子としか見えなくなっていた」

だから、僕にあんなに優しかったのか。

「それからはあなたのことばかりを考えていたわ。あなたはどんな服が似合うんだろう。さすがに、私の服は着れないと思って、あなたのことを考えながら、そのワンピースや、カツラを買ったの。何が似合うのかと考えながら選んだら、決めれなくて何着も買ってしまったわ。でも、慶子が好きだったピンクがやっぱり似合ってる。かわいいわよ」

敦子さんは泣き笑いしながら、僕のことを見ている。

「今日は、本当にありがとう。慶子との思い出の上野動物公園にも行けたし、あの子は本当に動物が大好きだったのよ。もう一度慶子といけたらなと思っていたの」

ゆっくり見ていたのは、慶子さんとの思い出を思い出していたからか。

「大人になって綺麗な慶子も見れたし、化粧もしてあげることもできた。ありがとうね。本当にありがとう」
敦子さんはとうとう、嗚咽を漏らして泣き出していた。

そんな敦子さんを横に、僕は変わってしまった自分の姿を改めて鏡で見た。敦子さんが僕にと選んでくれたワンピースは、さすがに姉の見立てなのか、とても僕に似合っているように思えた。大きな目と長い髪の毛が慶子さんと似ているのかな。なんか不思議な感覚だった。

僕は泣いている敦子さんを見て、大きな決意を決めた。
「敦子さん。僕が慶子さんになりましょうか?」
「えっ!」
「まだ、ショッピングだって、旅行だって行ってないじゃないですか。この格好で外に出るのは勇気が要りますけど、敦子さんの願い叶えましょ。僕ができることだったら、なんでもやリますから」
僕の大好きな敦子さんが泣いている。僕のことは男としては見てはもらえなかったけど、やっぱり好きな人の役に立ちたい。僕は決心したんだ。
「いいの?」
「はい。」
「本当に?」
「・・・お姉さんって呼べばいいんですか?」
「・・・ううん。・・・お姉ちゃん」
僕は敦子さんが慶子さんに似ていると言った笑顔で言った。
「お姉ちゃん!」
敦子さんが、体ごと飛びついてきて、僕らはソファから二人して落っこちてしまった。そして、二人して笑いあった。

あの日から、僕には恋人はできなかったけど、お姉ちゃんができた。今はまだ外には一緒に出歩くまではいけないけど、家の中では化粧の仕方を教わったり、旅行の計画を立てたりしている。敦子さんは落ち着いていると思っていたが、結構ワガママなことも分かった。お気に入りの口紅は絶対に貸してくれないし、旅行先は温泉が良いと言って譲らない。どうやら内弁慶みたいで、家族にしかワガママが言えないタイプらしい。そんなところもお姉ちゃんはかわいい。

僕はこの家にいる間は慶子だ。一人っ子だった僕に、理想のお姉さんができた。こんな人生もいいんじゃないかな。

「お姉ちゃん。やっぱあの口紅、慶子のほうが似合うよ。貸してよ〜」
慶子もまた内弁慶だ。
2P
Fin
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