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1.初仕事

私は多摩美術大学で日本画の勉強をしていました。人物画が得意だった私は、東京ビックサイトや各地のイベント会場で似顔絵描きを路上でやっていました。自分の持っている特技で何か人の役立つことは出来ないものかと、老人ホームに似顔絵描きのボランティアを申し出ました。

一部屋一部屋回りながら、おじいさん、おばあさんの似顔絵を描いている中で、一人のおじいさん(Aさん)だけ少々違った注文をしました。Aさんは一枚の写真を出し「この女性のようにして欲しい」とおっしゃいました。写真の女性は50代前後。おじいさんはどう見ても80代。しばらく考えた後、画用紙に似顔絵をかき始めた私にAさんは「違う違う。俺の顔を、そうして欲しい。」と、ご自身の顔を指差しました。幼少時代からコスプレ関係が好きだった私は、「女性に変身されたいのですか?」と聞くと、Aさんは「そうだ。この女性にして欲しい。」と、強くおっしゃいます。そこで、私は自分の化粧ポーチから化粧品を取り出し、おじいさんの顔にメイクを施しました。日ごろから自分の顔をメイクしているし、当時色を使うことならなんでもできると過信していた私でしたが、1時間たっても2時間たっても写真のようになりません。それどころか、髭も隠れず眉毛もそのまま。どう見ても男性のまま・・・ものすごい挫折感でした。謝る私にAさんは、「そっくりです。ありがとう。」と、笑顔を見せてくださいました。

女装をしたいけれど頼める人がいなかった。こんな年になって年下の女性になりたいとは、身近な人には言えなかったと、Aさんはおっしゃいました。Aさんのような方は沢山いるのではないか、その方々のお手伝いが出来たらどんなに素敵だろう。その時私は女装専門のメイク屋さんになる!と決意をしました。幸いなことに夜間の大学に通っていた私は、朝はパン屋でバイトをし、昼は教師の仕事、夕方はエステサロンで技術を学び、夜は大学に行き、深夜は女装関係のショップを点々見て回りました。

そして、Aさんと出会った5年後の2003年3月20日、念願の女装サロン「アルテミス」をオープンしました。知り合いのお店の一角を間借りした小さな小さなお店。衣装も30着、ウイッグも3つしか揃える事が出来ませんでしたが、当時私が出来る精一杯の形でした。オープン当初スタッフは私だけ、経営は初めてで挫折の連続。お客様もぽつぽつ・・・それでも私は、お越しになってくださったお客様の笑顔を見るたびに励まされ、私の選んだ道は間違っていなかった、女装のお手伝いを必要としている方の手助けをし女装を追及したいと思い続けて、今日、沢山のお客様、スタッフに支えられて「アルテミス」は続いています。

4月21日になるとAさんのことを思い出します。女装のすばらしさ、女装を必要としている方が沢山いることを教えてくださったかけがえのない方です。
Aさんはきっと、アルテミスを見守ってくださっていると思います。Aさんが、年下の奥さんのいるところに旅立ってしまったのは4月21日でした。



Aさんとの出会いはアルテミス誕生のきっかけを作り、別れはアルテミスのあり方を教えてくださいました。

アルテミスをオープンし、この化粧台に誰が座ってくださるのだろうかと期待に胸を膨らませながら、一日、二日と日が過ぎていきました。一ヶ月たっても予約のお電話が入りません(当時の日本女装にはアルテミスのサービスは斬新なアイデアで、同じようなサービスを提供している女装店が日本にありませんでした)。サロンで一人真新しい化粧台に座りながら、次第に不安になり落ち込む日々になりました。

4月22日、遂にご予約のお電話が入りました!心臓が口から飛び出てしまうのではないかと緊張しつつ、受話器を握り締めながら震える声でシステムのご案内をしました。電話をしてくださったのはBさん。Aさんのご親族でした。Aさんの出張メイクの依頼でした。Aさんは築地にある大きな病院に入院していました。院内は人目が多いので女装は出来ないとおっしゃっていたので、自宅療養になったのかなと思いました。一人目のお客様が化粧台に座ってくださらなかったことを残念に感じつつ、ありったけの化粧品を鞄に詰め指定場所に向かいました。

うきうき電車に乗っていたのですが、駅に着いたときにいやな予感がしました。「A氏会場はこちら」とあります。予感は的中しました。葬儀会場はAさんのご自宅、白い衣装を着たAさんがいました。呆然としている私にBさんは、Aさんの化粧をお願いしたいとおっしゃいました。化粧を施しました。若い女性用のメイク、素敵な変身でした。火葬場に向かう際に、私の持ってきた化粧品一式も棺に入れて欲しいと迷惑を招致でBさんにお願いしました。Bさんは快く招致してくださり、今回の依頼料はいくらかと聞きました。料金を頂くわけにはいかないという私に、「このお金で新しい化粧品を買ってください」と封筒に入れて渡してくださいました。それから数日たち、アルテミスの扉を始めてゲストさんがノックしてくださいました。

レベルの高い女装とは何か? 衣装を選ぶ楽しみ、更に美しい写真を撮り、そして、社会に違和感無く溶け込むためにはどうあるべきか・・・2004年に今のビルに移り、アルテミスサロンの規模も大きく成長しました。ゲスト様が快適にすごされ、女装を思う存分楽しめる空間。スタッフがもつ力を最大限に引き出すことの出来るお部屋つくりやサービスを日々考えています。
アルテミスは前進し続けます。皆さんの女装ライフを、更に快適にするために・・・そして、女装に興味を持ちつつも機会がない方に手を差し伸べるために。

アルテミスにお越しくださるゲスト様、HPを見てくださるまだ見ぬゲスト様。そして、アルテミスと関わる企業様や各メディアの皆様、何よりアルテミスを支えてくれているスタッフ達や私の家族に深く感謝をしています。

・・・ アルテミスオーナー 美寿羽楓 ・・・
2004年4月21・22日記載